雑感・自分のこと(34)
先日UPした記事の中で、新・ご当地グルメに求められる要件について自分なりに書いてみたのですが、この時はあえて、「こういう料理を提供すべき」といった具体的な提案はしませんでした。
それは「自分ならこういう食材を使って、こういう名前の料理を提供する」といった技術論は些事に過ぎないし、そこに囚われるだけでは意味が無いと思うからなのですが、ふとしたことから、ヒットするご当地グルメが大抵有している、シンプルかつ本質的な要素について気が付きました。
そのヒントをくれたのは、現在ヤングマガジンで連載されている、山本マサユキの『奇食ハンター』というグルメ漫画です。
この作品は、例えば『醤油サイダー』というように常識ではあり得ない”奇食”をテーマとしたグルメ漫画でして、全国各地の様々な食を、週替わりで掲載することで人気を博しています。

そして今回の”気付き”を教えてくれたのは、最新号で紹介された『シシリアンライス
』という発掘型のご当地グルメ。

これは、30年位前から食べられてきた佐賀のご当地グルメで、ご飯の上に肉とサラダを載せてマヨネーズを網かけした料理なのですが、「ハッキリとした由来は誰も知らない」のだそうで、『シシリアン』という謎めいたネーミングが、人々の興味を惹く重要なファクターになっています。

そして、こうしたことがご当地グルメの成立には欠かせないと思うんですよね。
例えば、もし帯広の豚丼が『厚切り十勝豚炭火焼き丼』みたいな名前だったら、ここまで関心を集めたでしょうか。旅行で帯広を訪れる道外の人にすれば、「豚丼」といえば吉野家など大手チェーンの豚丼になりますから、帯広に「名前は同じだけど全く別の料理」があると知ったら、食べてみたい、人に教えてあげたいと思うのは必然ではないでしょうか。
また、もう一つの帯広のご当地グルメとして認知度を上げてきた「中華ちらし」にしても、名前からして既に”謎かけ”になっているワケですよ。中華なのにちらし、ちらしなのに提供しているのは中華料理店。もうそれだけで、「どんなモノなのか、一度試してみたい」と、好奇心旺盛な消費者は考えるのではないでしょうか。
反面、ヒロ中田さんが推進する新・ご当地グルメシリーズは、名前自体が既に種明かしになってしまっており、その点で損をしているように思えるのです。
更に以前あったホコテンバーガーの時にも違和感として感じたのですが、「その土地の歴史や風土に裏付けされたミステリアスさに欠ける」という点で、地場食材に総花的に配慮しただけの企画型ご当地グルメというのは、どうしても面白味に欠けてしまうワケです。
仮に、考案されたメニューが豚丼のように「それだけで専門店を出せる」程の魅力を持っていれば話は別ですが、そうでない場合は、いずれ提供店のレギュラーメニューに埋没してしまうのではないでしょうか。
ですから、新・ご当地グルメの取り組みを「地産地消を薄く広く推進するための地道な活動」ととらえるなら意義があると思うのですが、今のままでは「外から人を呼び込むための起爆剤」にはなり得ないのではないか…と、今回の”気付き”によって思い至った次第です。
それは「自分ならこういう食材を使って、こういう名前の料理を提供する」といった技術論は些事に過ぎないし、そこに囚われるだけでは意味が無いと思うからなのですが、ふとしたことから、ヒットするご当地グルメが大抵有している、シンプルかつ本質的な要素について気が付きました。
ご当地グルメに必要なのは「ミステリアスさ」
この作品は、例えば『醤油サイダー』というように常識ではあり得ない”奇食”をテーマとしたグルメ漫画でして、全国各地の様々な食を、週替わりで掲載することで人気を博しています。

そして今回の”気付き”を教えてくれたのは、最新号で紹介された『シシリアンライス
』という発掘型のご当地グルメ。
これは、30年位前から食べられてきた佐賀のご当地グルメで、ご飯の上に肉とサラダを載せてマヨネーズを網かけした料理なのですが、「ハッキリとした由来は誰も知らない」のだそうで、『シシリアン』という謎めいたネーミングが、人々の興味を惹く重要なファクターになっています。

そして、こうしたことがご当地グルメの成立には欠かせないと思うんですよね。
例えば、もし帯広の豚丼が『厚切り十勝豚炭火焼き丼』みたいな名前だったら、ここまで関心を集めたでしょうか。旅行で帯広を訪れる道外の人にすれば、「豚丼」といえば吉野家など大手チェーンの豚丼になりますから、帯広に「名前は同じだけど全く別の料理」があると知ったら、食べてみたい、人に教えてあげたいと思うのは必然ではないでしょうか。
また、もう一つの帯広のご当地グルメとして認知度を上げてきた「中華ちらし」にしても、名前からして既に”謎かけ”になっているワケですよ。中華なのにちらし、ちらしなのに提供しているのは中華料理店。もうそれだけで、「どんなモノなのか、一度試してみたい」と、好奇心旺盛な消費者は考えるのではないでしょうか。
反面、ヒロ中田さんが推進する新・ご当地グルメシリーズは、名前自体が既に種明かしになってしまっており、その点で損をしているように思えるのです。
更に以前あったホコテンバーガーの時にも違和感として感じたのですが、「その土地の歴史や風土に裏付けされたミステリアスさに欠ける」という点で、地場食材に総花的に配慮しただけの企画型ご当地グルメというのは、どうしても面白味に欠けてしまうワケです。
仮に、考案されたメニューが豚丼のように「それだけで専門店を出せる」程の魅力を持っていれば話は別ですが、そうでない場合は、いずれ提供店のレギュラーメニューに埋没してしまうのではないでしょうか。
ですから、新・ご当地グルメの取り組みを「地産地消を薄く広く推進するための地道な活動」ととらえるなら意義があると思うのですが、今のままでは「外から人を呼び込むための起爆剤」にはなり得ないのではないか…と、今回の”気付き”によって思い至った次第です。
| “ | 清水らしく「サイコロステーキ鶏卵丼」 ヒロ中田さん提案 ![]() 【清水】新・ご当地グルメを創(つく)る会(野崎勝敏会長)主催の「食による観光まちづくり講演会」が6日、町文化センターで開かれ、リクルートじゃらんリサーチセンターエグゼクティブプロデューサーのヒロ中田さんから清水の新・ご当地グルメとして肉用牛と鶏卵を使った「十勝清水サイコロステーキ鶏卵丼(略称・牛玉丼)」が提案された。 |
6日に清水で開かれた「まちおこし講演会」。以前より『新・ご当地グルメ』についての記事を書きたいと思っていた自分も参加したかったのですが、都合が付かずに行くことが出来ませんでした。
ただ有志の方が当日の模様をUPしてくれたので、それを参考にしながら『新・ご当地グルメ』について思うところを書き連ねてみたいと思います。
先日『北海道じゃらん』を何気なく手に取って読んでみたところ、『新・ご当地グルメ』の仕掛け人であるヒロ中田さんのコラムコーナーが目に止まりました。内容は、新潟のある地域グループが、その地に根ざしたご当地グルメ
を改めて再評価し、町興しに利用する活動を紹介したもの。
その中でヒロ中田さんは、そうしたご当地グルメを『発掘型B級ご当地グルメ』とし、自身が手掛ける『新・ご当地グルメ』との相違点を掲げるかのように、活動に対して助言(例えば「発掘型B級ご当地グルメ」にはお店毎に提供メニュー名のばらつきがあるので、消費者に訴求するために統一した方がいい、など)していました。
ヒロ中田さんにすれば、自身が商業展開する『新・ご当地グルメ』にとって『発掘型B級ご当地グルメ』はライバルであり、違いを出すことによって自身のビジネスに説得力を持たせたかったのでしょうが、こうした企画提案型の「ご当地グルメ立ち上げビジネス」が本当に将来性のあるものなのか、管内で『十勝芽室コーン炒飯』が始まった頃からおぼろげに考えていました。
まず、『新・ご当地グルメ』では運営する協議会への入会金や幟・パンフレットの作成費など、参加店になんらかの費用負担が発生するということ。こうした費用はそれほど大きな金額ではないとはいえ、結局は提供メニューの価格に転嫁されるわけで、余計な費用負担がない「純正のご当地グルメ」に対してコスト面で不利になる可能性があります。
当然、そうした費用負担による様々なメリット、例えば各種メディアとのタイアップなどの恩恵も見込めるのでしょうが、こういったプロデュース型のご当地グルメというのは、どうしても「お仕着せ」というか、「作られた感」が拭えないのも事実。
そして、致命的な急所となっているのが「参加店が増えない」という現状のシステム。例えば十勝芽室コーン炒飯
を例に取ると、参加店は2008年の立ち上げ以降増えていないようですし、居酒屋野の花が帯広に移転したことによって、むしろ減っているという状況です。
豚丼や中華ちらしといった「発掘型の純正ご当地グルメ」が基本的には自由参加式で、地域のお店が互いを意識しながら切磋琢磨して独自の体系を確立してきたことに比べると、一定の型にはめられて参加店が増えない『新・ご当地グルメ』は硬直化していると言えますし、消費者の立場から見ても「新しいメニューを開拓する」という楽しみが持てないのはツライ。
このことは、当事者の方達も分かっているとは思うのですが、一向に増える気配がないのが最大の謎です。
いずれにせよ、立ち上げ時だけに「わーっ」と盛り上がって、あとは現状維持がやっと…というのでは寂しすぎますし、本当の町興しになるとは思えないのです。
というわけで『新・ご当地グルメ』には、新規店舗の参加や既存店舗による新メニューの開発など、ご当地グルメ自身が自律的に発展・拡大する仕組みの導入が必要だと思うわけですが、自分はそれを「ご当地グルメのエコシステム」と名付けました。
例えば、最近ブームになっているTwitter
というネットサービスがあるのですが、このサービスがヒットした理由の一つに、参加する人全てがウィン・ウィンの関係を保てる「エコシステム」を確立したことが挙げられます。
具体的に言うと、Twitterはサービスの仕組みや機能の”仕様”を策定することだけに専念し、それを一般に公開しました。それにより、自由参加の原則で全世界から集まった企業や個人が、Twitterを便利に活用するためのアプリケーションやWEBサイトを各々開発し、それによって更に人が集まりTwitterが活性化する…という好循環が生まれました。
Twitterのこうした成功を応用すれば、「ご当地グルメ」による町興しに何が必要とされているのか、自ずと見えてくるはず。
その上で、『新・ご当地グルメ』が現状を脱皮して『真・ご当地グルメ』に昇華するには、どうすれば良いのか。
それは言うまでもなく「歴史を積み重ねること」だと思うんですね。
残酷なことを書いてしまいますが、実は「新・ご当地グルメを立ち上げよう」といった試みは、裏を返せば「我がマチには、これまで郷土料理と呼べるようなものはありませんでした」ということを露呈することなんですね。ただこれは、開拓されて歴史がまだ浅い北海道では仕方がないことですし、「無ければ創ればいい」というチャレンジを、無碍に否定するものでもありません。
だから、1〜2年の試みだけを見て「失敗したらどうするのか」といった論議をするのは意味が無いと思いますし、一方では、これから先の10年、20年、果ては50年といったスパンを見据えて『新・ご当地グルメ』を継承・発展させるビジョンと覚悟が本当にあるのかどうか、それが試されているとも言えます。
そしてそれを踏まえた上で、ヒロ中田さんから企画提案されたメニューが、本当に「50年の大計」に見合うモノなのか、再考して欲しいものですね。
『新・ご当地グルメ』が一過性の企画で終わるのはやるせない自分は、このように思うわけです。
ただ有志の方が当日の模様をUPしてくれたので、それを参考にしながら『新・ご当地グルメ』について思うところを書き連ねてみたいと思います。
発掘型ご当地グルメと企画型ご当地グルメの相克
先日『北海道じゃらん』を何気なく手に取って読んでみたところ、『新・ご当地グルメ』の仕掛け人であるヒロ中田さんのコラムコーナーが目に止まりました。内容は、新潟のある地域グループが、その地に根ざしたご当地グルメ
を改めて再評価し、町興しに利用する活動を紹介したもの。その中でヒロ中田さんは、そうしたご当地グルメを『発掘型B級ご当地グルメ』とし、自身が手掛ける『新・ご当地グルメ』との相違点を掲げるかのように、活動に対して助言(例えば「発掘型B級ご当地グルメ」にはお店毎に提供メニュー名のばらつきがあるので、消費者に訴求するために統一した方がいい、など)していました。
ヒロ中田さんにすれば、自身が商業展開する『新・ご当地グルメ』にとって『発掘型B級ご当地グルメ』はライバルであり、違いを出すことによって自身のビジネスに説得力を持たせたかったのでしょうが、こうした企画提案型の「ご当地グルメ立ち上げビジネス」が本当に将来性のあるものなのか、管内で『十勝芽室コーン炒飯』が始まった頃からおぼろげに考えていました。
まず、『新・ご当地グルメ』では運営する協議会への入会金や幟・パンフレットの作成費など、参加店になんらかの費用負担が発生するということ。こうした費用はそれほど大きな金額ではないとはいえ、結局は提供メニューの価格に転嫁されるわけで、余計な費用負担がない「純正のご当地グルメ」に対してコスト面で不利になる可能性があります。
当然、そうした費用負担による様々なメリット、例えば各種メディアとのタイアップなどの恩恵も見込めるのでしょうが、こういったプロデュース型のご当地グルメというのは、どうしても「お仕着せ」というか、「作られた感」が拭えないのも事実。
そして、致命的な急所となっているのが「参加店が増えない」という現状のシステム。例えば十勝芽室コーン炒飯
を例に取ると、参加店は2008年の立ち上げ以降増えていないようですし、居酒屋野の花が帯広に移転したことによって、むしろ減っているという状況です。豚丼や中華ちらしといった「発掘型の純正ご当地グルメ」が基本的には自由参加式で、地域のお店が互いを意識しながら切磋琢磨して独自の体系を確立してきたことに比べると、一定の型にはめられて参加店が増えない『新・ご当地グルメ』は硬直化していると言えますし、消費者の立場から見ても「新しいメニューを開拓する」という楽しみが持てないのはツライ。
このことは、当事者の方達も分かっているとは思うのですが、一向に増える気配がないのが最大の謎です。
いずれにせよ、立ち上げ時だけに「わーっ」と盛り上がって、あとは現状維持がやっと…というのでは寂しすぎますし、本当の町興しになるとは思えないのです。
「ご当地グルメのエコシステム」の確立が望まれます
というわけで『新・ご当地グルメ』には、新規店舗の参加や既存店舗による新メニューの開発など、ご当地グルメ自身が自律的に発展・拡大する仕組みの導入が必要だと思うわけですが、自分はそれを「ご当地グルメのエコシステム」と名付けました。
例えば、最近ブームになっているTwitter
というネットサービスがあるのですが、このサービスがヒットした理由の一つに、参加する人全てがウィン・ウィンの関係を保てる「エコシステム」を確立したことが挙げられます。具体的に言うと、Twitterはサービスの仕組みや機能の”仕様”を策定することだけに専念し、それを一般に公開しました。それにより、自由参加の原則で全世界から集まった企業や個人が、Twitterを便利に活用するためのアプリケーションやWEBサイトを各々開発し、それによって更に人が集まりTwitterが活性化する…という好循環が生まれました。
Twitterのこうした成功を応用すれば、「ご当地グルメ」による町興しに何が必要とされているのか、自ずと見えてくるはず。
その上で、『新・ご当地グルメ』が現状を脱皮して『真・ご当地グルメ』に昇華するには、どうすれば良いのか。
それは言うまでもなく「歴史を積み重ねること」だと思うんですね。
残酷なことを書いてしまいますが、実は「新・ご当地グルメを立ち上げよう」といった試みは、裏を返せば「我がマチには、これまで郷土料理と呼べるようなものはありませんでした」ということを露呈することなんですね。ただこれは、開拓されて歴史がまだ浅い北海道では仕方がないことですし、「無ければ創ればいい」というチャレンジを、無碍に否定するものでもありません。
だから、1〜2年の試みだけを見て「失敗したらどうするのか」といった論議をするのは意味が無いと思いますし、一方では、これから先の10年、20年、果ては50年といったスパンを見据えて『新・ご当地グルメ』を継承・発展させるビジョンと覚悟が本当にあるのかどうか、それが試されているとも言えます。
そしてそれを踏まえた上で、ヒロ中田さんから企画提案されたメニューが、本当に「50年の大計」に見合うモノなのか、再考して欲しいものですね。
『新・ご当地グルメ』が一過性の企画で終わるのはやるせない自分は、このように思うわけです。
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