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昨日まで、そして明後日から~帯広十勝飲み・食べ・観て歩き
20151028(水) 04:48

帯広駅開業110年を祝して~♪

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 21日で開業110年となった帯広駅とその周辺を撮影してきました。

 駅舎としては、今のが4代目になるのかな。

 ↓ 駅北(トップ画像も)

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 ↓ 駅南

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 「帯広の百年」から、鉄道開通の記事を抜粋してみました。(長文です)

 当時の交通事情や、情報網の少ない時代の様子がしのばれます。



 …旭川から十勝を経由して釧路に達する鉄道が、北海道開拓にとって急務であるとするのは、明治35年以来北海道庁が主張してきたところで、その路線調査も進められていた。

 (明治)二十九年、北海道鉄道敷設法が制定されると、この路線は第一期線に挙げられ、翌年旭川から、二年遅れて釧路から建設工事がはじまった。このふたつの鉄道工事は帯広で結合することになっており、旭川・帯広間を十勝線、釧路・帯広間を釧路線と名づけ、全線が開通すると、旭川・釧路間が釧路線になった。

 三十四年九月、旭川・落合間が開通した。
 帯広の住民は、石狩道路を馬車で西進し、新得からは馬または徒歩で狩勝国境を越え、汽車で旭川に出て乗替え、室蘭から本州行きの船に乗った。

 移民も、帯広以北に入地する者は、多くこのコースを反対にとってやってきた。
 町民は、予告された日になると石狩道路の五丁目のあたりに立ち、移住民が携えてくる故郷の便りを待った。

 十勝線の落合からこちらの工事は、一向にはかどらなかった。狩勝トンネルの難工事にぶつかったからであった。

 十勝線が十勝に入れないでいるうちに、釧路線の工事は進んで、三十六年夏には豊頃まで延び、三十八年十月二十一日、釧路・帯広間が開通、初列車が帯広停車場に滑り込んだ。

 十勝線は、トンネルの難工事のほかに日露戦争の影響もあって工期が伸び、四十九年九月八日、ようやく開通した。これにより、東西北海道は鉄路によって結びついたわけである。…
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