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201238(木) 12:13

エドワード・ジョン・スミス  タイタニックと運命をともにした船長

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エドワード・ジョン・スミス、彼は、タイタニック号の処女航海で船長として乗り組んだことで名を残しました。

映画『タイタニック』(1997)でも、ホワイトスターライン(タイタニックの運行会社)社長のイズメイとの会話など、事故の起因となるシーンで度々登場します。

彼は、1880年に、ホワイトスターライン社に入社。
入社後、四等航海士としてオーストラリア航路・ニューヨークヨーク航路と、船に乗り組みながら技術を習得、昇進を重ねます。

そして1887年には蒸気船パブリック号の船長となります。

1895年からは大型の客船、マジェスティック号の船長を務めることとなりますが、この間には、第二次ボーア戦争が勃発、マジェスティック号とともに軍隊輸送船船長として戦地への軍隊輸送に当たりその往復の任務を全うしました。

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スミス船長が乗船、安全運行で戦時において船員・乗船者の命を守り抜いたマジェスティック号

軍隊輸送船船長として任務を成し遂げた事から、スミス船長は『安全な船長』という評価を受けホワイトスターライン運行の歴代の名船の船長を任されました。

スミス船長は、世界で最も経験豊かで信頼のおける船長として、史上最大の巨船の船長を任されることになります。

その船こそがタイタニックの同型姉妹船オリンピック号です。

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当時、世界最大の船として建造されスミス船長が舵取りを任されたオリンピック号

しかし、このオリンピック号乗船中に、タイタニック号の事故を予見させるかのような事故が数度起こります。
タグボートの巻き込みに始まり、最たるものは軍艦との衝突事故まで、スミス船長の今までの経歴からは、考えられないような事故でした。

これらの事故は、単なる人為的ミスというよりも、この船がそれまで運行された記憶が無いような巨船であったため、スミス船長はじめ乗組員全員が操船に不慣れであったための操船の難しさが露呈した事故であったとも言われています。

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オリンピック号の出港操船を行うスミス船長

そのような事故が続いたにもかかわらず、ホワイトスターライン社は処女航海を迎えるタイタニック号の船長にスミス氏を再び任命したのでした。

このタイタニック号の処女航海が、スミス船長の引退航海だったとも言われています。

しかしタイタニック号はその航海で氷山に衝突、あの悲劇を招いたのでした。

沈没までの限られた時間に避難の指示、無線での救助要請の指揮を執ったあと、1912年4月15日の沈没の10分前、乗組員に『皆自分のために行動せよ』という言葉を残しブリッジに入って行く姿が、彼が最後に目撃された姿となりました。。(享年62才)

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タイタニック号・運命の出港のシーン

あの航海で悲劇を歴史に刻む事となったスミス船長をたたえる者はありませんが、人間的には懐深く、関係者からは船長適任の人物であったと言われています。

今日はタイタニック号と運命をともにした船長、エドワード・ジョン・スミス氏についてお話しました。


お知らせ・・

明日・3/9(金)FM-JAGA 13:10からの T TIMEでSTAR SHIP MODELSからの中継が入ります。リポーターは、梶山さんです。お時間ある方は聴いてみてくださいね!


タイタニック号・処女航海100年企画・企画展『タイタニック展』開催中

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処女航海から今年で100年を迎えるタイタニック号を模型や写真、遺品レプリカなどでわかりやすく展示しています。

開催期間:3月1日(木)~4月20日(金)

会場:店内企画展示室

時間:店舗営業時間(10:00~19:00)休業日を除く

入場は無料です。多くの方のご来場お待ちしております。





船の模型と海雑貨・・STAR SHIP MODELS

店舗情報はこちら→http://www.obnv.com/interior/475外部リンク
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