円山のネコ科猛獣の看板だったタツオが8月18日、19歳4か月で旅立ちました。
4か月半たった今でも大きな喪失感は何一つ変わりません。
東山動物園で職員に育てられたタツオは、ずっと人間を信じて生きてきたと思います。それが人懐こさに表れていました。
しかしタツオのトラ生の最後にその信頼は裏切られ、人間不信に陥ったまま旅立っていきました。そこが残念でならないところです。
冬は除雪をせず転倒させ、夏は草刈りをせず行きたいところにも行けないままにしていた放飼場。その職務怠慢を指導するどころか腫れ物に触るようにしていた園長以下役職者。
我慢し続けてきたタツオもついに帰宅拒否。6月20日、戻りたかったメイン放飼場に逃げ出してきました。
でも人間を威嚇。こんなタツオではなかったのに見えないところで不本意なことが繰り返されてきた結果でしょう。
タツオの心は壊されてしまったと思いました。
高齢の身に嫌なことが次々と降りかかっても懸命に生き、多くの人の心を癒してくれました。
どれだけ園に貢献し続けたかわからないほど大きな存在でしたが、「タツオは幸せだったのだろうか。もっと何かしてあげられたことはなかっただろうか…」と顧みた職員は担当者はもちろんのこと誰もいなかったと思います。
「高齢で病気だったから仕方がない」というのは、それにふさわしい飼育をしてきて初めて言えることです。担当動物をよく観察し日々大切に飼育しているのが見てわかる担当者ならば苦情など出ません。
最後まで頑張り続けたタツオを悼み、全国からたくさんのお花が届きました。
夏なのに出入り口を開放せず館内を蒸し暑くし花たちに酷な環境にされていましたが、タツオに寄せられた花々を少しでも長く美しく保つよう大勢の方々が毎日手入れをしました。
端から端まで一枚の写真に納まらないほどの立派な献花台になりました。
全国のタツオファンの思いが込められた花々に見送られてタツオの御霊は天に旅立っていきました。
一方、タツオの亡きがらは土中に眠っています。さらなる貢献のために。
亡くなるに至るまでも、亡くなってからの対応も、忘れ得ぬほど悔しい事ばかりで関係者への不信感は確固たるものとなりました。
2年前担当者が替わってからのタツオの扱いについては、地元のタツオファンのみならず広く全国各地の多くのタツオファンがしっかり見ていたということを円山の責任者(管理職)は忘れないでもらいたいと思います。園の本質部分の評価はそういうところでなされるのですから。