(昼には遅い。夕方には早い。僕は春の昼に部屋にいた。)
ピンポンが、なった。シオンがにゃあ~と鳴く。
玄関に出てみると、潮音が、つっ立っていた。
春のきれいなベージュのコートに引き出物。明らかに
結婚式帰りとわかる、いでたちだ。
「これはまた豪華な」
苦笑する、誠に潮音は頬をふくらませた。
「またなかなか、似合うんだね。」
「なによ。その言い方。」
淡いピンクのウェストがしまったミニのドレス。
それに8センチはありそうなピンヒール。
髪はアップのふわふわ・・・
「CD返しに来ただけなの」
「はい、これ」
「もう帰るのかよ。もーちょい拝ませて。
コーヒー入れるから」
「だって、笑っているよ・・・」
(誠の部屋にはこれで、2度目。前は友達と
ホームパーティ以来だなぁ。男の部屋にしては
きれいにかだついている)
潮音はソファにコートをかけた。
いい匂いのコーヒーが部屋にひろがる。
「ブラックでいい?」
「あ・・うん」
テーブルにマグカップが置かれた。
「いただきます」
「あ~おいしい」
潮音はつぶやく。
「シオンはいないの・?」
「いるよ。あれっ。」
グレーのペルシャのシオンは
潮音の引き出物に手を出していた。
「あっちにつれていくね。」
「いいよ。話に入りたいんだよ~」
「そーゆの着ると華やぐね。」
「褒め言葉ありがと」
「今日、結婚式で、昔の男に逢ってしまったのよ」
「それも、10年振りに」
「10年ぶり?」誠はきょとんとした。
「10年ったら、潮音が、中学生じゃん。」
「ある意味、初恋か。言えるかどうか・・・」
15歳の夏。学校のプールを掃除していた。
夏休みが終われば、水泳部も引退だ。
同じ部の同級生の都築君と掃除をしていた。
都築君は背も高くかっこよかった。
嫌いではなかったけど。
すべてが終わり、帰ろうとしていたとき。
彼がいきなりキスをしてきた。
私は呆然として・・何が起こったのか
ぐるぐるしていた。
「ごめん」
そういうと彼は走り去った。
「ごめん」彼とはこれが、最後の言葉になってしまった。
幾度となく目はあったけど。
私はまだ幼かった・・。
彼の気持ちをうかがう、ゆとりすらなく。
「その男に逢ったっていうのか」
「最後が、ごめん、だからね」
「私もすぐわかったけど」
「あいさつして。新郎の会社の同僚。変わっていなかった。」
「そこ15のふたりが、よみがったわけか・・・」
都築君は少し困った顔していた。
シャンパングラスを持ってこういった。
「本当は告白しようとしていたんだ。」
「あれから私も何も話さなかったし」
「嫌いじゃなかったの」
「そうだったのか」
夏の日差しとプールの光景がよみがえる。
私はくすくす笑う。
「今日は楽しみましょうよ。ね・・」
「もし僕が、彼だったら潮音に逢わない限り
ずっと心の中で、ひきずっているかも」
「そんなもん?」
「そーゆ別れかたって、まして思春期だし~。
いくら恋しても気になるかもね・・」
シオンが潮音の横でごろごろ鳴いた。
「よしよし~シオン」
なでなでする。目を細める。
「女はさ、通過点ぐらいにしか思っていなくてさ。」
「ちょっと哀れな男子諸君ってところか・・」
「だけど、かなりそのキスも勇気がいたはずだよ。」
「まあね・・・今はわかるな・・」
「誠も実はこうゆうシュチュエーションしたこと
あるとか・・・ねぇ・?」
潮音は誠をつっついた。
「ふんふん・・・」
「帰るわ。明日会社でね。」
「送って行くよ暇だし」
「ありがと。でも、アパートには入れないからね。」
「はいはい・・姫・・」
僕は玄関で、ヒールを履く潮音がバランスを
くずしたので、ささえた。
髪の毛をくんくんさせる。
「いいにおいだね。」
「なに、やっているのさ・・」
車を走らせなから、窓を開けると
若草の香りとサクラのにおいのような
空気が、ただよっていた。
「ああ~」あくびをする。
誠は笑いながら横を見た。
なんか・・淡い思い出思い出したよね~。