土曜日に学校に忘れ物が、あったので取りに行った。
(うららかな早春の日差し。眠たいな。腹へった。
もう卒業式までは学校に来ることもないな。)
俺はバスの一番後ろの席に座り
まだ、雪がこんもり残っている風景を眺めていた。
(あっこの匂い。)ふと前の席を見ると
ロングヘアの女の子が、大きい花束。
紙に包んであるが、おそらく・・きっとフリージアだ。
黄色い花。香りに特徴がある。
俺の家は華道家で、おやじが昔から家にいた・・
一応師範ぐらいまでは、たたきこまれたが。
あまり興味もなかったので、おやじのあとは
兄貴が継いでいる。
そんなわけで、家には年中花がさきみだれていた。
季節折々に咲く、花の名前ぐらいは
女の子よりは、はるかに知っているのではないだろうか。
高校の同級生も俺の素性なんてあまり話さないから
あまり知られずに過ごしてきた。
前の女の子が、俺と同じバス停で降りた。
バスが行って歩き出すとその子が声をかけてきた。
「あの・・」
振り返ると背の高い、俺と同じぐらい?
かわいい子だった。
「はい・・」
「都築悠秋(つづきゆうしゅう)先生のお宅って
ご存じでしょうか?」
(そりゃあ~うちだ)
「俺の家だけど・・」
「もし、よければ、連れて行ってくれませんか?」
(新しいお弟子さんかな)
まあほどんとが、年齢が上の人ばかりだけど。
二人はだまって、サクサク雪道を歩いた。
「花持ってあげようか?」
「いいです。大切なものだから」
「おやじに会いにきたの?」
「いえ。母が都合で来れなくて。頼まれた花を持ってきたんです」
「フリージア?」
「よくわかりますね?おうちの方なら分かるか。」
彼女はクスクス笑った。
「学校の帰り?なんですか?」
俺の制服を指さした。
「今年卒業でさ・・もう登校しなくていいから。
忘れ物取りに行ったの」
「そうなんですか」
「私も卒業なんです」
「えっ。俺と同じ年?」
びっくりした表情で、俺の顔を見た。
「そんな風にみえるんですね。」
「今年中学生になります。」
俺は足を止めた。
「今なんて、言ったの?」
「ですから、中学生に。」頭にロケットが飛んで行く・・
「変なこと言いましたか・・」
「だって、待ってよ・・待って。身長だって高いし。
顔だって、小学生にはみえないぞ・・」
彼女は笑って俺を見た。
「はい・あなたとおなじく卒業です。」
「まあ・・卒業ね・・・」
俺は玄関につくとおふくろを呼んだ。
「おふくろお客だよ~」
奥からのんきな声でおふくろがでてきた。
「はいはい・・あら」
「浅野真由美の娘なんですけど・・」
「あら桃ちゃん。大きくなって。いらっしゃい。」
「よくまちがわずに・・あがって。お昼の支度しているから」
「ほら、高志、居間に通して。」
おふくろは大きいフリージアの花束の包みを
かかえて台所に戻っていった。
彼女を居間に通して、俺はグラスとウーロン茶の
ボトルを取出した。
「今の小学生って、あんなに大人なのかよ。知り合い?」
「口調が、おやじ臭い~」
「小さい頃は一度来たことあるのよ・・桃ちゃん」
「えっ。」
「やっぱり、ひとりぐらい女の子が欲しかったわね。」
「まあまあ・・お昼もうじき、できるから・・」
(相手は小学生だぞ)
居間に入ると、桃ちゃんがきちんと正座していた。
俺はブレザーを脱いで、壁にかかっているハンガーにとりあえず掛けた。
「足くずしたら。いいよ。」
「はい。お茶。」
(顔ちっちゃい~)
「いただきます~」
「学校の男子にもてるでしょ。」
「そんなことないですよ。私よりかわいい子いるし。」
「みんなこんななの?」
(先生が困るだろうな。俺だったら一日見ているぞ)
昼飯食っていても、お見合いしているみたいだった。
彼女が、帰りのバスまで待っていると
「卒業したらどうするんですか?」と聞いてきた。
俺は地元の大学に行く話をした。
バスで彼女を見送るとにこにこ、手を振った。
桃の携帯が鳴る。
「はい。あ~果歩ちん。今ね、年上の男の子と
じゃれあって、いたの。ふふ。おもしろかったよ。
私、清純演じちゃった。」
高志のことをサカナにされているとは
思わず・・・。
とうの高志は、ニタツいていた。