白幡裕也は鏡の前に座り、タケルの表情を見ていた。
「母からあなたのことは聞いていたので・・どこかで
もしかしたらと・この仕事始めてから思っていたんですよ。」
「姉は元気ですか?」
「下に高校生の妹がいて、すっかり姉妹みたいに出かけるのが
楽しいみたいですよ。」
「そうですか・・」
つぶやくようにタケルは言った。
もう随分時間は経ったはずなのに現実にこういうことが
あると未だ胸が締め付けられる。
すっかり俺の中では吹っ切れていると
思っていたのに。
「たまに連絡してあげてください。母はやはり
あなたのこと気にかけているみたいです。葛藤があるかと
思いますが・・・」
裕也は言いずらそうに言った。
「できました。」タケルはカメラさんにチェックをお願いした。
「ん・・たまに連絡してみます。」
そう笑って裕也に手を振った。
「それとは別に飲みませんか?今度・・ああ
母さんには言いませんから・・。僕個人的に・・」
「あとで名刺渡しますから・・」
「嫌ですか?」裕也は笑った・・。
「いや・・」
「なんか気が合いそうだ・・・」
タケルも笑っていた。
今日も熱帯夜になりそうだ。
バーベキューコンロに炭を入れて火を起こしている。
「けむったいい~ヘホヘホ・・」
タケルはむせていた。
「そっち向くからだよ・・」
トレイを持った瑠可が
へたくそ~っというまなざしで見ている。
「じゃ手伝えよお・・」
「やだ。美知留と野菜切るから・・」
小踊りしながらキッチンに消えた。
「あっ僕手伝いますか?」
「ああ・・じゃこっちに来て、団扇であおいで・・」
「はい・・」
バーベキューコンロに座り堅司はあおぎだした。
「初めてだね・・沙良ちゃんは前に見たけど」
「堅司くんだっけ・・」
「はい。」
初めてなんだけどタケルさんはなんか昔から
知っているみたいな感覚になるなあ・・
ヘアメイクの仕事をしているって言ったけ。
「瑠美・・瑠美さんから聞きました」
「瑠美でいいよ・・そう呼んでいるんでしょ?」
「なんかいいな・・」堅司がつぶやく。
「うちはみんな名前で呼び捨てだからさ
来た人もそのままで呼んでもらっているよ・・」
「ここはそういうところだから・・」
「変わっている家でしょ・・」タケルが笑う。
「だから瑠美もあんな風に育ってしまって・・」
「僕は兄もエリートで弁護士めざしているし、家族は
僕よりは兄に肩入れしているみたいな・・所があって」
堅司はなんだかそんなことをタケルに言っていた。
「君は君の生きたいようにした方がいいよ・・いつかわかって
くれるからさ・・。俺と似てる。俺はこじれてしまったから・・」
「えらそ~なことゴメン・。」
照れくさそうにコンロの炭を覗く。タケル・・
「おお~い瑠可、美知留できたお~」
「今行くぅ~」
奥で声がした。
瑠可がてんこもりの野菜と肉を持ってきた。
「待った~やろうやろ・・美知留ぅ~ビール」
「はいはい・・」
美知留が缶ビールをみんなに渡す。
「沙良たちは炭酸よ」
「だめだめ・・未成年・・」
「飲んだことないじゃん~ママ。」
瑠美が怒る。
「隠れて飲みそうだもん・・」
コンロを囲んで瑠可が口火を切る。
「せーの。お疲れ~乾杯い~」
カチンカチンとアルミ缶が涼しい音をたてた。