風香が、この街に住み始めてからかなり近所のことも
熟知しているつもりだった。
裏路地の昼間でも薄暗い通りに、その店はあった。
まるで、隠れ家。
「時空屋」
木でできたその看板はいまにも崩れそうなたたずまい。
ずいぶん前からあったのか・・・。
ガラスの戸を引いてみた。
カウベルの鈴に似た呼び鈴が鳴り響く。
そこには古い骨董がところせましと並んでいた。
「あの・・・」
風香は小さい声で、言ってみた。
薄暗い店から白と黒の影が横切る。
「きゃ・・」
猫だ。風香を見て、威嚇しているようだった。
「ああ。すみませんね」
そう言って出てきたのは、背の高い、こんな店には
まるでそぐわないような綺麗な顔だちの店主だった。
35歳ぐらいの男性。
「ここは何を売られているんですか?」
「骨董ですよ。いろいろ集まってしまってね。
なんか店までこんな・・。ああ。
興味あるお客様しか見えません。」
風香の前で鳴いていた猫は、ひょいと彼の手にのっかる。
ひとなですると風香を見て笑った。
とびきり優しい顔をしていた。
見とれていると彼が切り出す。
「で。何をお探しかな」
風香は店内をぐるっと見渡すと
瑠璃色のガラスでできた小箱が目にとまった。
風香は手にとって、蓋をあけてみた。
「僕も受け売りで、聞いた話だけど。
それ願い箱って言って、願いが叶うときは
その瑠璃色が、きれいなムラサキに見えるそうです。
その色のときに何か起きるって・・」
「もう一度やりなおせないか」
「やり直せるの?私たち?」
それ以上言葉が続かない。
私が、彼より3つ歳上だということに執着していた。
なぜなんだろう。
なんでそんなことに気に取られていたんだろうと
今は思う。あとで気がついたのは、やっぱり好きだった。
そして彼は数年後、テレビの人になっていた。
劇団で、お芝居をしている話は聞いていた。
だけど誰がこんなに売れるなんて思っていただろう。
決して二枚目ではないけど、ひょうひょうとした
癒される演技は評判になった。
夜にたまに彼がテレビでドラマをしていると
演技ではあるけれど
きっとちゃかしたり、笑わせたりするのは
変わっていないだろう・・たぶん。
そんな彼を(テレビなのに~)
涙がでる。
私は未だ縛られている・・・。
けりつけなきゃ。いつもそう思う。
半年が過ぎ小箱のことなんて忘れていた。
ある朝みるとムラサキに変わっていた。
「うそ~。」
あのイケメンの店主の言葉を思いだす。
「願いが叶うときは、ムラサキにかわりますよ」
いつものように改札を抜ける。
12月の風はかなり冷たかった。
ホームで電車を待っていると、反対ホームに
彼がいた。
(え~。)だった。
なんとなく視線が合い彼も私にきづく。
お互い「あっ」と口を開いていた。
向かいに電車がはいり、彼が見えなくなった。
電車が動きだすと、彼の姿がない・・
(行っちゃったの・・・)幻・・・?
振り返ったとき息をきらした彼が
そこにいた。
「大丈夫?」
「むこうから走ってきた・・。はああ・・」
そして私は訳のわからない涙を流していた。
まわりの人が変な顔して見て行く。
「おいおい」
「あいかわらず、すぐ泣くんだなあ・・」
その声を聞いて余計に号泣した。