誕生から保育園(35)


2017513(土)

あの世と今を往復した件


2017年5月13日





なんとなく、
息子を産んだ瞬間のことを思い出していました。

当時23歳で若くて、
妊娠当初はちょっとだけ出血があり心配したけど、
その後、体重の増加もさほど問題なく。

予定日の2週間前に陣痛が来るという
なんとも順調な感じでした。





当時は、
帯広ではなく本州におり、
いわゆる総合病院のざっくりとした対応の
中で初産を迎えていた私。





明け方に陣痛がきて、
ごく弱いけどいきなり5分間隔で。

1時間くらい様子を見てから
病院へ電話すると、
「3分間隔になったら来て~」
と言われ。

その直後には3分間隔となり。


8時過ぎには外来にいたような気がします。






そこから診察を受けて、
病棟へ案内され。

入院の説明を受け。

病衣へ着替えて。

その病院は陣痛室にも家族は入れなかったので
旦那は自宅待機となり。
(ずっと病棟で待っているのもねぇ)

浣腸をして陣痛室のベットに横になった
時には、とても順調に進んでいたらしく。

すぐに点滴が開始。






すご~~~い痛かったけど、
たま~~~にしか看護師さんは来てくれず。

子宮口を確認して、広げたりしたらいなくなり。






分娩室では、超難産の人が叫んでおり。





誰か私をかまって~~~~。
という感じでした。

でも、一応順調だったはずですが。





いざ子宮口が全開となり、
いきんでいいと言われても、
まだいきみたい感じではなかったのです。

なので、体の欲求はなく、
自分の力でいきみまして。






痛みがきて
「はい!いきんで~~」
と言われ、全力を出す。





痛みが去って
「はい。力抜いて」
と言われ、呼吸を整える。





それの繰り返しの間。




次の痛みが来るまで、
私はお花畑にいました。

なんとも気持ちの良い、
いままでに感じたことのない感覚。

ず~~とここにいたいと思うと、
痛みがきて
「はい!いきんで!!」」
と言われる。






そして、
またお花畑が見えてくる。

川もあったような気がします。






それを数回繰り返したら、
息子は産まれてきました。





所要時間は、6時間。
出血は少量。

とっても安産だったと褒めてもらいました。





が、




それって、
三途の川だったんじゃないの???

と今でも思っています。

装着していた心電図にも表れなかったけど。





出産は、ミラクルです。



201739(木)

養育センターと保育所の卒園式


2017年3月9日






卒業シーズンですね。
息子の卒業では、保育園が一番忙しかったです。


通っていた保育所の卒園式と、
帯広児童養育センターの修了式(卒園式だったかも?)。






保育所の方は民間の保育園になる前の最後の卒園生で、
卒園式に続いて閉所式まであって長かったし、
その分、子供たちの覚える「ことば」も多かったし。





下の娘が卒園する頃には
「卒園式で~って言うんだ」
「こんなことするんだ」
みたいに毎日教えてくれましたが、
息子は何も言うわけもなく。





初めて我が子を卒園させるので、
卒園式で親子で並んで登場することさえ知らず。

お母さんが招集されるだけで、??だった私。

のんきなもんですよね。






親子で手をつなぎ登場し、
大きくなったら何になりたいかいう時に、

「ボブサップになりたいです!」
(知らない若いお母さんは、要検索)

と言って、見事に笑いを取った息子。


小さい時の「ぶどうになりたい」よりは
成長していましたね。







そして、クラスで並んで歌を歌って、
言葉を発表して、来賓の話を聞いて。

いつでも逃走できるように、
一番端の席になっていましたが、
最後まで座っていることが出来ました。


凄いな~と感動して見ていました。






が、






養育センターの卒業式よ!!

先生方は、子供が辛くないように配慮してくれていました。





なのに、入場の時点で歩きもしない!!
ニヤニヤしながら、後ろにのけぞって
わざと倒れそうになりながら歩くもんだから
先生が後ろから支えて登場。


並んでいるときも、
クネクネクネクネクネクネしてやがる。







出し物的なものはどうにかこなしたものの
保育所と同一人物とは思えない。

「なんなんだ、あいつは。」

と、つぶやいてしまいました。







まぁね、
ここはちゃんとする場所。
ここは本音を出してもいい場所。

と、分かっていたからなんですよね。






だから、小学校に入っても、
情緒学級では床に寝転ぶわ、名前も言えないわ。

「なんなんだ、こいつは」

って感じでした。






みなさんの卒園式は、どうでしょう。

「なんなんだ、こいつは」状態でも、
本人は精一杯頑張っているので、
認めてやろうじゃないか。


と、終わってしまえば思えるんだよね。



2017227(月)

「結婚したら人生激変!〇〇妻」を見ましたか?


2017年2月27日





先ほどまでテレビで、
自閉症スペクトラムをもつ息子さんを育てる
お母さんのことを放送していましたね。

「結婚したら人生激変!〇〇妻」
という番組。






みのもんたさんが司会をしていて、
「久しぶりにみたーーー」なんて思ったりして。

そんなことより、
我が子が自閉症スペクトラム症と分かって
受け入れる過程を聞いて、
ほんとうに頑張っていると思いました。






いや、
頑張らざるを得ない子育てをしてきたんですよね。






それでも気持ちも体力も限界を超えて、
産んだことを後悔することもあるし、
虐待ではないかと思うようなことをしたり。

みんな、いろんなことの一歩手前で
踏みとどまっているんですよ。







言葉が遅いなと感じてはいたけど、
初めての子育てだから「こんなもんかな」と
思っていた頃。


同じものしか食べなくて、
「この子の栄養は大丈夫だろうか?」
と思いつつ、同じものを食べさせていた頃。


発達に偏りがあると言われ、
どこかで分かっていたけど「お前らに何が分かる!!」と
受け入れたくなかった頃。


本棚の本を全部出してからじゃないと
一日が始まらなかった頃。







書き出せばきりがない。






ずっと、ずっと、
いつまで続くんだろうと、不安で不安で。






でも、放送を見て
「小さい頃は、納豆ご飯しか食べなかったんだよ。
今は食べないけど」と言うと、


現在の息子は、

「あ~。今はあんまり食べないよねぇ。
きっと、一生分食べたんだね」と言っていました。


あんまりじゃなく、全く食べませんが。
確かに一生分をいっぺんに食べたんでしょうね。








でも、そうだね。
きっと、少しづつ成長していくんだね。

周りの子供たちと同じようにはならなくても、
少しずつ変わっていくんだよ。






お母さんたち。

頑張りすぎなくていいからね。
頑張らざるを得ないかもしれないけれど。

少しずつでも不安な気持ちやグチを言いましょうね。

いつでも待っています。



2017213(月)

小児科でショックな一言


2017年2月13日





今日は眼科に行って来ました。

そこで、ビエ~~と大泣きしている
2歳くらいのお子ちゃまを見て、
なんとも微笑ましい気持ちになりました。

待合室で名前を呼ばれて、
お母さんが抱っこのまま立ち上がった途端に大泣き。



すご~い!
これから診察だって分かるんだ~~。

って、おばちゃんは感心してしまいました。





そんなことから、
息子を小児科に連れて行って
とてもショックを受けた出来事を思い出しました。






行った小児科の場所から想像すると、
息子が保育園の年中組の頃。

風邪か何かで、内科と小児科もしている
病院へ行きました。

その頃には、障害があることは分かっていたので、
受付の時にそのことは伝えてありました。

おそらく、
発達に遅れがあるので、受け答えが上手には出来ないとか
待つのが苦手なので、うるさくしてしまうかも
とか伝えたのではないかと思います。







その頃は、待つことが出来なくて、
ずっと歩き回ったり、帰ろうとしたり、
その場にいる子供のおもちゃを欲しがって
泣いたりと、とにかく大変でした。






やっとのことで診察になっても、
泣いてしまって聴診器を当てるのも大変だったのかも
しれません。
口を開けてと言っても、開けなかったりしたし。

正直、細かい展開は覚えていないのですが、
とにかく病院側としては大変だったとは思うのです。






そこで言われたショックな一言。

「お母さん、もっとちゃんとしつけてくださいね。
これじゃ、診れませんよ。」






面と向かって、先生にこう言われたら、
なんと言い返していいか分からず、
とっても悔しいやら、悲しいやら。





だから、障害があるって伝えてあるのに。





実際に、そう言えたかは覚えていないけど、
言ったとしても先生からの言葉がこれでは、
受け入れてもらえたはずもなく。





2度とここには来ないからな!!!

と、思って帰ったのは覚えています。






きっとこれを読んでくれている方の中にも、
同じような思いをした方がいるでしょう。

なんか、ショックだよね!!

ムカつくよね!!






そして、静かにさせられない自分を責めちゃうよね!!





でも、自分を責めないでね。

上手に診察してくれる先生はいるはず。
順番を変えてくれる看護師さんもいるはず。

私は、そう思うのですが。

配慮は求めていいのです。
負けずに、育てていきましょうね。



201721(水)

ママ仲間から嫌われていた


2017年2月1日





息子が赤ちゃんの頃の写真を見ていて、
あの頃はとても孤独だったな~と思い出しました。



21歳で結婚したせいか、
学生時代の友達はみんな学生かOLで、
人生でとっても楽しい時期を過ごしていました。

もちろん会うのは、
授業や仕事が終わった夜。






結婚が早かったので、
その時は「いいな~一番乗り~」とか
言われましたが、
それ以来会いたくても会えなくなっていきました。

いまみたいに携帯がないので、
在宅の時にしか話せない。
メールで話をするなんてことも無いからね。


羨ましがられたのが一転して、
友達が羨ましくて仕方がなかったのです。





それは、22歳で妊娠・23歳で出産してからは
どんどん加速していきました。





平日の昼間にどうにか友達に会えそうでも、
妊婦の体では会いにも行けない。

当時は都会に住んでいたので、
ラッシュにつぶされるわけにもいかないわけで。





出産後は、どうにかママ友を作ろうと、
公園に行ったり、母親学級の同期に連絡したり、
ベビースイミングに通ってみたりしました。


けれど、自閉ちゃんな息子は
公園で同年代の子に興味はなく歩き続けるし砂場で泣くし。


母親学級やベビースイミングのママたちは、
なんとなく私を避けている感じでした。

いま考えると、友達が欲しくて必死すぎたのか?
たんに気が合わなかったのか?





カラオケに行こうと話して
「いいね~~」とは言うけれど、
誰も歌わず気まずくて私だけが歌っている状態になり。

歌っている間、みんなそっぽを向いて話し込んでいるのを見て
もうだめだなと思ったのを覚えています。





いま思い出しても、
私の態度が悪かったのかもしれないと思いつつ、
やはりわけが分からないと思います。

そんなさなかに、1歳半で歩き出した息子を見て
「歩くの遅いから、みんなで障害があるのかもって
言ってたんだよ。歩いてよかったね」
と、言われました。


避けられていたのは、それだったのだろうか???






どちらにしても、
引っ越したこの土地で友達に出会えて、
いまは幸せですよ。

あの頃は、つらかったな~と思い出した話でした。



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 ABOUT
infant
子育てに不安や疑問、周囲に分かってもらえないと
感じたことはないですか?

障害名が付く、付かないに関わらず、子どもの生きにくさに気が付くことが出来ること。
今なにが必要かを考えること。分からないこと、出来ないことは助けを求めること。

それが子どもの育つ環境を整える力と考えます。
infantは、それを「親力(おやぢから)」と呼び、親力をつけることを目標にしています。

性別
年齢40代
エリア帯広市
属性事業者
 GUIDE
子育てサークルinfant
住所帯広市西20条南5丁目36-7 きぼう福祉センター (毎月第3金曜日 お茶会で使用)
TEL090-6217-5529
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