201623(水)

速報Ⅱ

一昨日、浦河赤十字看護専門学校の一般入試の合格発表がありました。当塾の塾生が一人合格しました。ナースになることは、彼女の中学時代からの夢でした。高校では部活の副部長をやり、立派にその任務を果たしました。当該部は十勝代表として全道大会に出場しました。勉強もよく頑張り、学業評定はきわめて優秀でした。高校時代のご馳走をすべて満喫した3年間だったのではないでしょうか。
塾では特に英語をよく頑張りました。紙辞書を丹念に引き、文法の要点(単語の品詞など)に注意しながら、イディオムを覚えつつ、英文を検討し着実に力をつけていったことが今回の結果につながったのでしょう。

「患者さんに、医療従事者のなかで言葉通りの意味でいちばん近い存在であるナースとしてご活躍される日をイメージしながら益々勉強頑張ってください。」



201612(土)

新年を迎えまして、早々に目から鱗が落ちました

元森絵里子『語られない「子ども」の近代 年少者保護制度の歴史社会学』勁草書房2014年

子どもと何らかの理由で関わっておられる方々は、「目の前の子どもとはどういう存在なのだろうか」(同書より)と一度は疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。また、「尊重と統制、放任と系統、保護主義と責任主義、保護と自律、配慮と手続き」(同書より)といった関わり方の方法論をめぐって多重の振り子のように自らの内に葛藤を積み重ねてきているのではないでしょうか。ご同情申し上げます。実は、僕がそうです(笑い)。それらの原因のひとつは、子どもとはどういう存在かよくわからないのに、子どもという言葉を自明なものとして使っているからなのではないでしょうか。このアポリアを考えるために、上記の作品は最高です。とくに、子どもと職業的に関わっておられる方々にはお薦めです。きっと、読了後は子どもとの関係を構築する上で新しい地平線を開くきっかけを手に入れられるのではないでしょうか。しっかり読めば、終章まで到達可能な専門書です。

・「子ども」とは何か-。「子ども」と「大人」の境とは何か-。私たちは、しばしばこの疑問に取りつかれる。だが、そもそも「子ども」とは何かは、一義的に定義できるのだろうか。私たちは、「子ども」とは何かという問いに、確固たる答えを持ってきたのだろうか。(同書より)
・今後どのように年少者を語り、どのように処遇していくか考えるためにも、目の前の「子ども」に対する「まなざし」が歴史的かつ言説上構築されたものであり、現在もそれが制度に組み込まれていること、と同時にその外部が潜在していることを、自覚することから始めるしかない。結局、特定の意味論を前提に、「子どもの揺らぎ」という感傷的・衝撃的な物言いをするのではなく、私たちの言葉や実践が一枚岩ではないという事実を、一つひとつ見ていく必要があるのである。(同書より)

本書は下記の通り章立てされています。
はしがき
序 章「子ども」の近代を問い直す
第Ⅰ部 「子ども」の近代とはいかなるものか
第一章 教育の「児童」・司法の「少年」
-「子ども」の近代の成立とその内部の差異
第二章 「児童」の構築・放置される外部
-「子ども」の近代の成立をめぐる身体と言葉
第Ⅱ部 年少者へのまなざしの複層性
第三章 労働力から「児童」へ?
-工場法成立過程に見る「児童」の成立の裏側
第四章 フィクションとしての「未成年」
-未成年者飲酒禁止法制定過程に見るだらしない「子ども/大人」語り
第五章 自由意志なき性的な身体-公娼制問題に見る「子ども」論の欠如
終 章 語られない年少者像・語り続けられる「子ども」
あとがき

みなさま、どうぞ、今年も当ブログをよろしくお願いします。



20151223(水)

今年もありがとうございました

丸山 眞男『忠誠と反逆』筑摩書房 1992年
今年も残りわずかです。来年はどのような年になるのでしょうか。
現在、文字通りの意味で、国際社会での今後の日本のあり方が問われています。諸外国とのゲームのルールをうちたてて、それらをしっかりと国内の制度の中にビルト・インしていくことが落ち着くまで不安定な状態が続くのではないでしょうか。そんな中で、過去のすぐれた先人たちの仕事から学びたいとして考えまして上記の本を読みました。以下は同書の「日本思想史における問答体の系譜」からの記述です。同章では中江兆民『三醉人経綸問答』を検討しています。兆民の『三醉人経綸問答』は岩波文庫から出ています。

・「愚民の上に苛政府あり」というのは福沢(福沢諭吉のこと 以下カッコ内ブログ筆者)の著名な命題ですが、兆民(中江兆民のこと)にもまた、それぞれの人民は彼等にふさわしいーその人民の政治的成熟度に応じたー政治と政府をもつ、という醒めた目があります。(同書より)
・ですから南海先生の、最後の、いわば平凡な結論も、ただ、紳士君と豪傑君との両極を排して穏健な立場をとるというのではなく、ほとんどニヒリズムとすれすれの、ある断念を伴った選択ではないか。ニヒリズムといっても、どいつもこいつもインチキだという、すべての政治的立場にたいする十ぱひとからげの否定ではない。そういう十ぱひとからげの否定は、実際は期待過剰、つまり甘ったれの裏側にすぎません。兆民のは、幕末維新の大変動をくぐり、骨肉相喰む凄惨な光景や離合集散の人心のはかなさを感受性のつよい青年期にまのあたり見て来た人の眼です。(同書より)

今年5月以来、当ブログを読んでいただきましてどうもありがとうございました。来年が皆様方にとりましてよいお年になることを念じております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。



2015125(土)

速報!

平成27年12月4日、平成27年度(第2回)北海道警察官採用試験最終合格者発表がありました。当塾の塾生が1名合格しました。(男子 現在高校3年生)
彼は銘柄学校の生徒ではありません。しかしながら、高校生活を通して様々な課題に学校の諸先生方のご指導のもとに3年間一生懸命取り組んで、人間としてしっかりと成長したことが評価されたのではないかと思います。
尚、高卒予定者対象では十勝からは9名合格しました。

「道民に頼りにされる警察官として益々ご活躍されますことを念じております。」



2015121(火)

いつか来た道

軽部 謙介『検証 バブル失政』岩波書店 2015年
 本書はわが国に80年代後半に発生したバブルという経済現象がなぜ生じ崩れたのかという問題を、日銀の金融政策、大蔵省の銀行行政に焦点を当てて、「金融緩和の長期化がバブルの要因」、「米国の圧力」の二つのテーマを中心に検証している。検討されている資料は、情報公開法や独自の経路で入手された公文書、関係者の日記、手記、備忘録などである。また、米国の大統領図書館からも資料は収集されている。
 ・1989年12月29日の大納会で、株価は3万8915円87銭をつけた。89年の東証平均一部の平均株価は1年間で29%上昇した。評論家の中には「株価は5万円を目指す」などと囃すものもいた。政治家も、官僚も、日銀マンも、メディアも、市井の人々も、つまりはほとんどの日本人が、この繁栄は、来年も、そしてそれからもずっと続くと思っていた。(同書338ページより)
・日銀の副総裁だった三重野は米国への怒りをこう表現した。「自分の国の要求を国際協調の名の下に押し付けて来ている」「米国は自分の利益を非常に大きく考えて、それを他国に要求するというきらいがあった。これはやっぱり苦々しいなという感じはずっと持っていました」(同書385ページより)
・バブルを振り返って「経済の過熱を抑えるために公定歩合を上げたかったが、物価が落ち着いていたのでできなかった」という弁明と、「デフレ脱却が最優先なので、いまは出口政策を語るのは時期尚早だ」という主張が相似形にならないという保証はない。(同書385ページより)
エピローグで軽部さんは、バブルの経験を生かし今後の国際社会でのわが国のあり方を論じています。ご指摘の通り、統治機構を変革していかねばならないという点は、重要な論点でしょう。また、米国と今後どう付き合っていくのかということも、わが国の大きな問題であることは間違いないと思います。ではどのようにという、次の段階を見通すための知見は、残念ながらわが国においては今後の課題ではないでしょうか。でも、バブルに多くの日本人が踊らされていた時期にも日本の学者の中には、日本賛美論に警鐘を発していた方がいたことも、わたしは知っています。まずは、このような先達の仕事をていねいに検討することが、今のわが国の閉塞状況を打開する契機につながっていくのではと考えました。

教育がバブルの教訓を生かすとすると、同調圧力に対して一定の距離を保ちさまざまな人々と交流しながら、自らじっくりちゃんと考えた後に断固行動できる人材を育成していくことが、今後のわが国の発展を左右するのではないかとも思いました。



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