2017年4月2日(日)
アメリカ地域社会における子どもが大人になる発達過程についての研究
昨年の米国大統領選挙で共和党候補のトランプ氏が勝利しました。氏は、メキシコと米国の国境に壁を建設するとか、イスラム教徒入国拒否などの政策実施を主張して多くの支持を集めました。他の政治的な主張もあったとしても、なぜトランプ氏が米国大統領としてアメリカ国民に選出されたのか僕は理解できませんでした。米国で暮らす人々は、どんな思いをトランプ氏に託したのか?このなぞを解くために下記の本を購入して読んでみました。
ROBERT D.PUTNAM OUR KIDS The American Dream in Crisis SIMON&SCHUSTER PAPERBACKS 2015
『私たちの子どもたち 危機の時代のアメリカ人の夢』といった意味でしょうか。同書の構成は
Chapter 1 THE AMERICAN DREAM:MYTHS AND REALITIES 第一章 アメリカの夢 神話と現実
Chapter 2 FAMILES 第二章 家族
Chapter 3 PARENTING 第三章 親であること
Chapter 4 SCHOOLING 第四章 学校教育制度
Chapter 5 COMMUNITY 第五章 地域社会
Chapter 6 WHAT IS TO BE DONE? 第六章 今、何がなされなければならないか?
The Stories of Our Kids JENNIFER M.SILVA and ROBERT D.PUTNAM
Acknowledgements
Notes
Index
"the heartbreaking stories of poor kids in this book actually understate the tragic life experiences of those on the very bottom of our society, the most deprived of American kids."
・第一章では実際、PUTNAM教授が育った1950年代のオハイオ州 Port Clintonと約50年後の現在の地域社会の著しい変貌が最初に描かれている。50年代当時にもAffluent(特に経済的に豊かな)な人々もless Affluent(経済的に必ずしも豊かでない)な人々もいたが、そのような違いを持つ子どもたちは近隣に住み、一緒に学校に行き、遊び、ともに祈り、そしてデートさえした様子が多くのevidencesが用いられつつ描かれている。しかし、現在のこの地域は、社会階層によって住む地域がくっきりと分断されている(segregation)事実が明らかにされている。そして、お互いどのような暮らしをしているのかがさっぱりわかっていない。PUTNAM教授自身今回の研究プロジェクトを進める中で、米国社会の片隅に追いやられほったらかしにされている若者たちがどのように暮らしているのかをはじめて知ることとなったと同書において述べられている。
・社会的に不利な生育環境で育った若者たちの多くがdrug abuse,alcohol abuse,violence,teen pregnancyといった諸問題に直面している。また、特にブルーカラーの労働者層の多くの人々は不安定な就業状態あるいは失業といった状況に追いやられている。しかしその一方で、high skillを獲得した会計士、大学教授、弁護士、株式仲買人、大企業経営者といった職業の人々が社会の富を占有しつつある状況が拡大している。
・ただ、これらのgap(格差)あるいはinquality(不平等)の拡大化傾向は共和党あるいは民主党の両方の政権下でここ40年間で進行してきた。
蛇足
今回のトランプ大統領が誕生した大きな要因のひとつは、氏がアメリカ社会で不利な状況で暮らしている人々の不満や苛立ちを簡単な言葉で刺激しつつ、巧みにそのような人々の支持を獲得することに成功したということであろうと考えました。
でも、私は同書を読み進めていく中で、トランプさんが大統領になったことよりもPUTNAM教授が大統領とは異なった方法でアメリカ社会を再興しようとしていることのほうに興味を持ちました。現在、日本でも相対的貧困率が16.1%になっています。特に、シングルマザーの下で育っている子どもたちのしんどい状況がマスコミ等で報道されております。生育環境の格差は、教育達成の格差を孕みながら進行することが今回のPUTNAM教授の研究によっても指摘されています。アメリカほどではないにしても、社会の不平等が、子育て、家族構造、学校教育、そして、地域の安全や住民間の信頼構築に及ぼす影響といった問題はわが国にとっても喫緊の課題でもあると、私は考えます。同書ではmentors,mentoringという言葉が多く出てきました。もしかしたら、これらのことが地域再生のkeywordになるのではないかと考えます。同書の翻訳本も3月に出版されたみたいです。がちで、これからの世の中のあり方を考えている方にはおすすめしたい一冊です。
ROBERT D.PUTNAM OUR KIDS The American Dream in Crisis SIMON&SCHUSTER PAPERBACKS 2015
『私たちの子どもたち 危機の時代のアメリカ人の夢』といった意味でしょうか。同書の構成は
Chapter 1 THE AMERICAN DREAM:MYTHS AND REALITIES 第一章 アメリカの夢 神話と現実
Chapter 2 FAMILES 第二章 家族
Chapter 3 PARENTING 第三章 親であること
Chapter 4 SCHOOLING 第四章 学校教育制度
Chapter 5 COMMUNITY 第五章 地域社会
Chapter 6 WHAT IS TO BE DONE? 第六章 今、何がなされなければならないか?
The Stories of Our Kids JENNIFER M.SILVA and ROBERT D.PUTNAM
Acknowledgements
Notes
Index
"the heartbreaking stories of poor kids in this book actually understate the tragic life experiences of those on the very bottom of our society, the most deprived of American kids."
・第一章では実際、PUTNAM教授が育った1950年代のオハイオ州 Port Clintonと約50年後の現在の地域社会の著しい変貌が最初に描かれている。50年代当時にもAffluent(特に経済的に豊かな)な人々もless Affluent(経済的に必ずしも豊かでない)な人々もいたが、そのような違いを持つ子どもたちは近隣に住み、一緒に学校に行き、遊び、ともに祈り、そしてデートさえした様子が多くのevidencesが用いられつつ描かれている。しかし、現在のこの地域は、社会階層によって住む地域がくっきりと分断されている(segregation)事実が明らかにされている。そして、お互いどのような暮らしをしているのかがさっぱりわかっていない。PUTNAM教授自身今回の研究プロジェクトを進める中で、米国社会の片隅に追いやられほったらかしにされている若者たちがどのように暮らしているのかをはじめて知ることとなったと同書において述べられている。
・社会的に不利な生育環境で育った若者たちの多くがdrug abuse,alcohol abuse,violence,teen pregnancyといった諸問題に直面している。また、特にブルーカラーの労働者層の多くの人々は不安定な就業状態あるいは失業といった状況に追いやられている。しかしその一方で、high skillを獲得した会計士、大学教授、弁護士、株式仲買人、大企業経営者といった職業の人々が社会の富を占有しつつある状況が拡大している。
・ただ、これらのgap(格差)あるいはinquality(不平等)の拡大化傾向は共和党あるいは民主党の両方の政権下でここ40年間で進行してきた。
蛇足
今回のトランプ大統領が誕生した大きな要因のひとつは、氏がアメリカ社会で不利な状況で暮らしている人々の不満や苛立ちを簡単な言葉で刺激しつつ、巧みにそのような人々の支持を獲得することに成功したということであろうと考えました。
でも、私は同書を読み進めていく中で、トランプさんが大統領になったことよりもPUTNAM教授が大統領とは異なった方法でアメリカ社会を再興しようとしていることのほうに興味を持ちました。現在、日本でも相対的貧困率が16.1%になっています。特に、シングルマザーの下で育っている子どもたちのしんどい状況がマスコミ等で報道されております。生育環境の格差は、教育達成の格差を孕みながら進行することが今回のPUTNAM教授の研究によっても指摘されています。アメリカほどではないにしても、社会の不平等が、子育て、家族構造、学校教育、そして、地域の安全や住民間の信頼構築に及ぼす影響といった問題はわが国にとっても喫緊の課題でもあると、私は考えます。同書ではmentors,mentoringという言葉が多く出てきました。もしかしたら、これらのことが地域再生のkeywordになるのではないかと考えます。同書の翻訳本も3月に出版されたみたいです。がちで、これからの世の中のあり方を考えている方にはおすすめしたい一冊です。
2017年2月12日(日)
ご無沙汰しております
矢野眞和 濱中淳子 小川和孝『教育劣位社会』岩波書店2016年
「教育の経済問題」を経済学・社会学の方法でとりわけ日本の高等教育を対象にして考察している名著です。商売柄いつも僕が思っている、「やっぱ、勉強しなきゃダメだ」「勉強しないとあとで後悔する」「いろいろ大変だけどできるなら大学に行ったほうがいいよ」(もちろん大学に行かない生き方もぜんぜんアリだけど!)「多くの若者が定位家族(この言葉の意味がわからない方は調べてください(笑))の状況に規定されないで大学進学を果たすには社会がどうあればよいか」といった諸問題をそれぞれの方々が考えるためのスタートラインの基本事項が論じられています。
・日本人が教育を軽視しているわけではない。教育は大事だと思っているが、限られた財源を教育、とくに高等教育に配分すべきだとする政治勢力は弱く、資金配分の優先順位が低いのである。
ご存知の方も多いと思いますが、20年ほど前、道東のある都市でありましたよね・・・。
・第一に、OECD(経済協力開発機構)の標準からすれば、給付型奨学金が学生の主役であり、返済する補助金はローン(貸与)と呼ばれて、区別される。奨学金をスカラシップ(scholarship)と訳したりする人も少なくないが、スカラシップは返済する必要のない給付型(グラント)である。OECD統計による各国の平均値によれば、給付と賞与の補助金額がほぼ半々になっている。給付型奨学金がないのは、日本ぐらいである。しかも、日本は大学の授業料が高い。ヨーロッパ大陸諸国では、「授業料が無償でも給付型奨学金のある国」が多いが、「授業料が高くて、学生補助が整備されていない国」は、日本と韓国とチリぐらいである。
・第二に、日本は(ブログ筆者)高等教育機関への公的支出が極めて少なくなっている。経済規模(GDP)に占める日本の公的支出の割合は、OECD加盟国諸国の中で最下位に属する。高等教育界では昔からよく知られた特殊性だが、「公的支出を増やすべきだ」という教育界の要望は、「国家の財政難」の一言で却下され続けている。
・大学教育には、それを受けた個人の生産性の上昇に伴う税収の増加、犯罪の減少や健康の促進などといった、個人にのみ還元されるわけではないさまざまな社会的利益が存在する。
・大学教育を受けた個人は、所得の増加によって、将来的により多くの税金を払うことになる。よって、もし大学教育への新たに税金を投入した際に、仮に高所得層の大学進学率をより押し上げたとしても、そうして進学した人々は、進学しなかった場合よりも多くの所得税を払うことになるだろう。そのため、低所得層で進学しない人々も、増加した税収によって、将来的には再分配などの面で利益を受ける可能性は否定できない。
「教育の経済問題」を経済学・社会学の方法でとりわけ日本の高等教育を対象にして考察している名著です。商売柄いつも僕が思っている、「やっぱ、勉強しなきゃダメだ」「勉強しないとあとで後悔する」「いろいろ大変だけどできるなら大学に行ったほうがいいよ」(もちろん大学に行かない生き方もぜんぜんアリだけど!)「多くの若者が定位家族(この言葉の意味がわからない方は調べてください(笑))の状況に規定されないで大学進学を果たすには社会がどうあればよいか」といった諸問題をそれぞれの方々が考えるためのスタートラインの基本事項が論じられています。
・日本人が教育を軽視しているわけではない。教育は大事だと思っているが、限られた財源を教育、とくに高等教育に配分すべきだとする政治勢力は弱く、資金配分の優先順位が低いのである。
ご存知の方も多いと思いますが、20年ほど前、道東のある都市でありましたよね・・・。
・第一に、OECD(経済協力開発機構)の標準からすれば、給付型奨学金が学生の主役であり、返済する補助金はローン(貸与)と呼ばれて、区別される。奨学金をスカラシップ(scholarship)と訳したりする人も少なくないが、スカラシップは返済する必要のない給付型(グラント)である。OECD統計による各国の平均値によれば、給付と賞与の補助金額がほぼ半々になっている。給付型奨学金がないのは、日本ぐらいである。しかも、日本は大学の授業料が高い。ヨーロッパ大陸諸国では、「授業料が無償でも給付型奨学金のある国」が多いが、「授業料が高くて、学生補助が整備されていない国」は、日本と韓国とチリぐらいである。
・第二に、日本は(ブログ筆者)高等教育機関への公的支出が極めて少なくなっている。経済規模(GDP)に占める日本の公的支出の割合は、OECD加盟国諸国の中で最下位に属する。高等教育界では昔からよく知られた特殊性だが、「公的支出を増やすべきだ」という教育界の要望は、「国家の財政難」の一言で却下され続けている。
・大学教育には、それを受けた個人の生産性の上昇に伴う税収の増加、犯罪の減少や健康の促進などといった、個人にのみ還元されるわけではないさまざまな社会的利益が存在する。
・大学教育を受けた個人は、所得の増加によって、将来的により多くの税金を払うことになる。よって、もし大学教育への新たに税金を投入した際に、仮に高所得層の大学進学率をより押し上げたとしても、そうして進学した人々は、進学しなかった場合よりも多くの所得税を払うことになるだろう。そのため、低所得層で進学しない人々も、増加した税収によって、将来的には再分配などの面で利益を受ける可能性は否定できない。
2016年11月23日(水)
日本人としての教養をつけるための1冊
佐藤 功『復刻新装版 憲法と君たち』時事通信社 2016年
日本国憲法の制定作業を支えた憲法学者が後の日本の人々にむけて書いた著作です。日本国憲法制定にあたり当時の政治家や役人たちが、日本のために良い憲法を作ろうと大変な努力をしたのかがよくわかります。解説もまた素晴らしいです。木村草太さんが書いています。
今の日本の憲法の中で、ほこってよいことは、まさにここにあるのだ。基本的人権とか、民主主義とかいうのは、これは今まで、日本がおくれていただけのことなのだ。それを今の憲法で、ほかの国に追いついたということなのだ。だけど、平和だけはちがう。戦争放棄の点だけはちがう。それはほかの国ぐににはまだしていないことなのだ。それを日本がやろうというわけだ。日本がおくれていたのではない。ほかの国が日本よりおくれているのだ。ほかの国が、その点では日本のまねをしなければならないことなのだ。それが今の憲法の中で一番わたしたちが、君たちが、世界に向かってほこってよいことじゃないだろうか。(同書134~135ページ)
こんなふうでは、国民のあいだにあるいろいろな意見が、国会に正しくあらわれるということにはならず、それは形のうえでは民主主義にもとづいた議会政治のかっこうはしているけれども、じつはむかしの専制政治と同じことだということになる。そして、こんなぐあいで、いろいろな法律がつくられ、そのなかには憲法できめてあることに反するようなことや、憲法の規定には反していなくても、憲法の理想には反するような法律がつくられることにもなる。憲法が、こんなぐあいにしてやぶられることがあるわけだ。(同書158~159ページ)
つまり、よい議員をえらぶということ、前に話したように、憲法をふみにじるようなことをしない議員をえらぶということ、正しい選挙をすることが、民主主義の政治を実現するするためにも、憲法を守るためにも、とてもだいじなことなのだ。(同書166ページ)
「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る。」(同書182ページ)
日本国憲法の制定作業を支えた憲法学者が後の日本の人々にむけて書いた著作です。日本国憲法制定にあたり当時の政治家や役人たちが、日本のために良い憲法を作ろうと大変な努力をしたのかがよくわかります。解説もまた素晴らしいです。木村草太さんが書いています。
今の日本の憲法の中で、ほこってよいことは、まさにここにあるのだ。基本的人権とか、民主主義とかいうのは、これは今まで、日本がおくれていただけのことなのだ。それを今の憲法で、ほかの国に追いついたということなのだ。だけど、平和だけはちがう。戦争放棄の点だけはちがう。それはほかの国ぐににはまだしていないことなのだ。それを日本がやろうというわけだ。日本がおくれていたのではない。ほかの国が日本よりおくれているのだ。ほかの国が、その点では日本のまねをしなければならないことなのだ。それが今の憲法の中で一番わたしたちが、君たちが、世界に向かってほこってよいことじゃないだろうか。(同書134~135ページ)
こんなふうでは、国民のあいだにあるいろいろな意見が、国会に正しくあらわれるということにはならず、それは形のうえでは民主主義にもとづいた議会政治のかっこうはしているけれども、じつはむかしの専制政治と同じことだということになる。そして、こんなぐあいで、いろいろな法律がつくられ、そのなかには憲法できめてあることに反するようなことや、憲法の規定には反していなくても、憲法の理想には反するような法律がつくられることにもなる。憲法が、こんなぐあいにしてやぶられることがあるわけだ。(同書158~159ページ)
つまり、よい議員をえらぶということ、前に話したように、憲法をふみにじるようなことをしない議員をえらぶということ、正しい選挙をすることが、民主主義の政治を実現するするためにも、憲法を守るためにも、とてもだいじなことなのだ。(同書166ページ)
「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る。」(同書182ページ)
2016年11月20日(日)
「夢」が学問的に検討されています
児美川 孝一郎 『夢があふれる 社会に 希望はあるか』KKベストセラーズ
世間では「夢」がもてはやされているけども、夢を持つことは、そんなにステキなことなのだろうかという問題意識を土台として下記の二点が本書で論じられている。第一に、「夢」というものの正体、第二に、「実像」としての夢に私たちはどう向かい合い、どう付き合っていけばよいのかである。
プロローグ
第1章 夢を実現している人は、どれだけいるか?
第2章 キャリア教育学は「夢追い人」をつくる?
コラム 諸外国では若者に「夢」をあおらないのか?
第3章 夢をどうとらえればよいか?
第4章 夢とどう向き合うか?
エピローグ
あとがき
・この日本社会において、夢を実現して生きている人は、割合として見れば、そんなには多くはない。
夢を実現できても、できなくても、夢を途中で変えても、それなりの幸せのかたちというものがありそうだ。だとすれば、「夢」を固定的で動かないもののようにとらえるのはやめておいたほうがよい。「夢」と「現実」が交差する地点で、どう振る舞うかが大事なのではないか。
・日本社会において、大人が子どもや若者に「夢」を押し売りするようになったのは、・・時代状況においてだ。(同書70ページ)
最初にそれを言い出したのは、政治家や財界の重鎮、そして企業の経営者たち。日本社会と経済の「閉塞」を打破するために、「若者たちよ、もっとしっかりせよ!」「夢を持て」「夢をあきらめるな」と。
実際、1990年代後半から2000年代にかけての時期は、高卒でも大卒でも、かつてこの国が経験したことのないような就職難が続いており、非正規雇用で働く若者の数も急増していた。また、新卒で就職できても、すぐに離職してしまう若者が、かなりの割合にのぼってもいた。
政治家や経営者たちが考えたのは、働く意欲が乏しい若者が増えてしまったから、就職難や非正規雇用の増大が起きているのだという、彼らにとって相当に都合のよい「解釈」だったと言ってよい。
だから、若者に「将来やりたいこと」や「就きたい職業」、端的に言って「夢」を持たせれば、それが働く意欲の回復につながる。そうすれば、就職難や非正規雇用の問題も解決に向かうと夢想したわけである。
しかし、冷静に考えれば誰にでもわかるように、若者の就職難や非正規雇用の拡大という問題は、第一義的には企業の側の採用行動の変化―あけすけに言ってしまえば、正社員の採用を絞って、不足分を非正規社員で補っていくという雇用戦略への変化―に端を発していたはずである。そこには、若者の意欲や能力の問題が絡んでいるとしても、それだけに責任転嫁できるものではない。
また、早期離職の問題も、競争が激しくなる中で、正社員の数が減らされている職場環境の厳しさという問題と、若者の側の問題が重なるところで生じているはずである。
その意味で、若者の耐性のなさや意欲の欠如に原因を求めるのは、明らかに一方的であり、的はずれな発想と言うほかない(詳しくは、児美川 孝一郎 『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』日本図書センター2011年を参照してください)。
・夢との付き合い方
①夢が見つからない時
・興味・関心の範囲を広げる
・能力・資質を伸ばす
・職業・仕事にこだわるのをやめる
(・消去法で考える)
②夢をめざしている時
・夢の世界の現実を知る
・その夢をめざす根拠を掘り下げる(1、自分にとっての「夢」が出会い頭に近いような「恋」なのか、ずっと持ち続けている「憧れ」なのか、現実的な吟味を経たうえでの「志望」なのかをはっきりさせる。2、職業世界として見た場合の「夢(=就きたい職業ややりたい仕事)」の現実について、きちんと知っておく)
③夢が実現しそうにない時
・夢に関連する職業を調べる
・夢の根っこ(人が夢を持つ以上は、それが、一時的な憧れでしかない場合は別として、背景に自分にとっての大切な「何か」があるはず)を再確認する
・夢の達成を先延ばしにする
・プライベートで夢を追いかける
・「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」は、必ずしも相反することではないし、一つだけを選べというものではない。三つが重なるところはあるはずだ。どんな「やるべきこと」だって、自分がどうしてもやりたくないことは、普通はやらない。だから、世の中で今必要とされている「やるべきこと」の中で、同時に、自分の「やりたいこと」とも重なって、かつ自分の能力、適性という意味での「やれること」の範囲に入ることを見つける。そんな三つの円が交わるところで自分の「夢」を持てたら、その夢は、ずいぶんとしっかりしたものになるだろうし、実現の可能性も見込めるのではないか。
・現在の日本社会は、「夢」をあおる社会であり、夢を持つことを強要する雰囲気を持った社会である。「夢」や「やりたいこと」がない子どもや若者は、ひょっとしたら自分はダメ人間なんじゃないかと、強迫的に思わされてしまうような社会(夢を強迫する社会)でもある。キャリア教育のような営みをも含めて、若者が「夢を持つ」ことに過剰な価値を置き、それをあおり、称揚する社会である。児美川教授の理想は「等身大の、ありのままの自分が認められ、でも、少し背伸びすることを求め、励ます社会」である。
蛇足
学校世界から職業世界への移行過程においてこれだけのポイントがあることを明らかにしたことに対しまして児美川教授に深く敬意を表します。これらの研究成果はこれからの日本社会で人生を生きていく子ども・若者たちにとってきわめて有意義な知見であることは確実です。その一方で、これらの貴重な知識内容を子ども・若者にどう伝えていけばよいのか、伝えていかねばならないのかというもどかしさを感じました。大学生や院生はこの本を自ら読んで、どんどん進んでいけるような気がしますが、中学生、高校生がこれらの知見を彼ら/彼女らの人生に活かすには重要な他者が必要ではないでしょうか。その他者が身近にいるかいないかは社会階層に沿って形成されている可能性があります。あと、同書47ページの調査で、図7「夢の職業に就くことができたか」の問いに対して各年代の50代、40代、30代、20代の回答者の中で約10%の割合で「夢の職業に就くことができ、今も就いている」と回答していました。このような回答をした人たちはいったいどのような人たちなのかという疑問を持ちました。ちなみに私の小学6年生のときの「夢」はパイロットでした(笑)。
本書はこんごさらに不確実性が高まるであろう日本社会でこれから生きていく子ども・若者たちにとって確かな道しるべになる作品です。
世間では「夢」がもてはやされているけども、夢を持つことは、そんなにステキなことなのだろうかという問題意識を土台として下記の二点が本書で論じられている。第一に、「夢」というものの正体、第二に、「実像」としての夢に私たちはどう向かい合い、どう付き合っていけばよいのかである。
プロローグ
第1章 夢を実現している人は、どれだけいるか?
第2章 キャリア教育学は「夢追い人」をつくる?
コラム 諸外国では若者に「夢」をあおらないのか?
第3章 夢をどうとらえればよいか?
第4章 夢とどう向き合うか?
エピローグ
あとがき
・この日本社会において、夢を実現して生きている人は、割合として見れば、そんなには多くはない。
夢を実現できても、できなくても、夢を途中で変えても、それなりの幸せのかたちというものがありそうだ。だとすれば、「夢」を固定的で動かないもののようにとらえるのはやめておいたほうがよい。「夢」と「現実」が交差する地点で、どう振る舞うかが大事なのではないか。
・日本社会において、大人が子どもや若者に「夢」を押し売りするようになったのは、・・時代状況においてだ。(同書70ページ)
最初にそれを言い出したのは、政治家や財界の重鎮、そして企業の経営者たち。日本社会と経済の「閉塞」を打破するために、「若者たちよ、もっとしっかりせよ!」「夢を持て」「夢をあきらめるな」と。
実際、1990年代後半から2000年代にかけての時期は、高卒でも大卒でも、かつてこの国が経験したことのないような就職難が続いており、非正規雇用で働く若者の数も急増していた。また、新卒で就職できても、すぐに離職してしまう若者が、かなりの割合にのぼってもいた。
政治家や経営者たちが考えたのは、働く意欲が乏しい若者が増えてしまったから、就職難や非正規雇用の増大が起きているのだという、彼らにとって相当に都合のよい「解釈」だったと言ってよい。
だから、若者に「将来やりたいこと」や「就きたい職業」、端的に言って「夢」を持たせれば、それが働く意欲の回復につながる。そうすれば、就職難や非正規雇用の問題も解決に向かうと夢想したわけである。
しかし、冷静に考えれば誰にでもわかるように、若者の就職難や非正規雇用の拡大という問題は、第一義的には企業の側の採用行動の変化―あけすけに言ってしまえば、正社員の採用を絞って、不足分を非正規社員で補っていくという雇用戦略への変化―に端を発していたはずである。そこには、若者の意欲や能力の問題が絡んでいるとしても、それだけに責任転嫁できるものではない。
また、早期離職の問題も、競争が激しくなる中で、正社員の数が減らされている職場環境の厳しさという問題と、若者の側の問題が重なるところで生じているはずである。
その意味で、若者の耐性のなさや意欲の欠如に原因を求めるのは、明らかに一方的であり、的はずれな発想と言うほかない(詳しくは、児美川 孝一郎 『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』日本図書センター2011年を参照してください)。
・夢との付き合い方
①夢が見つからない時
・興味・関心の範囲を広げる
・能力・資質を伸ばす
・職業・仕事にこだわるのをやめる
(・消去法で考える)
②夢をめざしている時
・夢の世界の現実を知る
・その夢をめざす根拠を掘り下げる(1、自分にとっての「夢」が出会い頭に近いような「恋」なのか、ずっと持ち続けている「憧れ」なのか、現実的な吟味を経たうえでの「志望」なのかをはっきりさせる。2、職業世界として見た場合の「夢(=就きたい職業ややりたい仕事)」の現実について、きちんと知っておく)
③夢が実現しそうにない時
・夢に関連する職業を調べる
・夢の根っこ(人が夢を持つ以上は、それが、一時的な憧れでしかない場合は別として、背景に自分にとっての大切な「何か」があるはず)を再確認する
・夢の達成を先延ばしにする
・プライベートで夢を追いかける
・「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」は、必ずしも相反することではないし、一つだけを選べというものではない。三つが重なるところはあるはずだ。どんな「やるべきこと」だって、自分がどうしてもやりたくないことは、普通はやらない。だから、世の中で今必要とされている「やるべきこと」の中で、同時に、自分の「やりたいこと」とも重なって、かつ自分の能力、適性という意味での「やれること」の範囲に入ることを見つける。そんな三つの円が交わるところで自分の「夢」を持てたら、その夢は、ずいぶんとしっかりしたものになるだろうし、実現の可能性も見込めるのではないか。
・現在の日本社会は、「夢」をあおる社会であり、夢を持つことを強要する雰囲気を持った社会である。「夢」や「やりたいこと」がない子どもや若者は、ひょっとしたら自分はダメ人間なんじゃないかと、強迫的に思わされてしまうような社会(夢を強迫する社会)でもある。キャリア教育のような営みをも含めて、若者が「夢を持つ」ことに過剰な価値を置き、それをあおり、称揚する社会である。児美川教授の理想は「等身大の、ありのままの自分が認められ、でも、少し背伸びすることを求め、励ます社会」である。
蛇足
学校世界から職業世界への移行過程においてこれだけのポイントがあることを明らかにしたことに対しまして児美川教授に深く敬意を表します。これらの研究成果はこれからの日本社会で人生を生きていく子ども・若者たちにとってきわめて有意義な知見であることは確実です。その一方で、これらの貴重な知識内容を子ども・若者にどう伝えていけばよいのか、伝えていかねばならないのかというもどかしさを感じました。大学生や院生はこの本を自ら読んで、どんどん進んでいけるような気がしますが、中学生、高校生がこれらの知見を彼ら/彼女らの人生に活かすには重要な他者が必要ではないでしょうか。その他者が身近にいるかいないかは社会階層に沿って形成されている可能性があります。あと、同書47ページの調査で、図7「夢の職業に就くことができたか」の問いに対して各年代の50代、40代、30代、20代の回答者の中で約10%の割合で「夢の職業に就くことができ、今も就いている」と回答していました。このような回答をした人たちはいったいどのような人たちなのかという疑問を持ちました。ちなみに私の小学6年生のときの「夢」はパイロットでした(笑)。
本書はこんごさらに不確実性が高まるであろう日本社会でこれから生きていく子ども・若者たちにとって確かな道しるべになる作品です。
2016年10月25日(火)
木村草太さん 『憲法という希望』
木村草太 『憲法という希望』 講談社現代新書 2016年
先日、木村さんの講演を聴く機会がありました。お話がすごくおもしろかったので、木村さんの憲法学について理解を深めたくて同書を読んでみました。憲法で、社会問題を分析して、その答えに到達する過程が、わたしのような法律の素人にもよくわかりやすい話し言葉で書かれているところが特に同書のすばらしい点です。第四章の長年NHK「クローズアップ現代」のキャスターとして活躍された国谷裕子さんと木村さんとの,家族、基地建設問題、日本の学校教育、改憲議論などについての対談が圧巻です。
私にとってこの本を読んでいちばんよかったことは、辺野古新基地建設は、閣議決定と日米間の合意を根拠とするのみで、具体的な根拠法がないということ、そして、そのことはたぶん今後の日本社会で市民が暮らしていくうえで重要な論点を孕むmatterであるということを「木村定跡」をもとに理解できた点です。同書の構成は下記の通りです。
はじめに
第一章 日本国憲法と立憲主義
第二章 人権条項を活かす
第三章 「地方自治」は誰のものか
第四章 対談 「憲法を使いこなす」には
国谷裕子×木村草太
あとがき
【付録Ⅰ】日本国憲法(昭和二一年一一月三日公布、昭和二二年五月三日施行)
【付録Ⅱ】平成二十七年四月八日 参議院予算委員会会議録第一七号
(第十三部)(二一~二三ページ)
【付録Ⅲ】憲法について学ぶ文献リスト
皆さんに身につけてほしいのは、「政府のこの活動は何かおかしいのではないか」、「個人の権利が侵害されているのではないか」という勘を働かせる能力です。
そうした勘を身につけるには、自分らしく生きようとした時に感じる息苦しさに気づくことが重要です。日本人は我慢を美徳とするので、いやなことがあっても我慢し、仕方がないと考える傾向があるように思います。しかし、本当に我慢するべきことなのか、社会の側を変えるべきではないのか、と考えてみることは非常に大切です。
そうした疑問を持ちながら憲法の条文を読んでみると、「この条文は今の自分を応援してくれているのではないか」と感じる条文に出会えることがあります。あるいは、そうした疑問について学者や弁護士さんなどの専門家に相談すれば、よい解決策が見つかったりします。(p55~p56)
「法律構成」といわれる分野ですが、まったく同じ事件でも、法律の主張の仕方が変わるだけでまったく結論が変わるというのはよくあることなのですね。弁護士がプロフェッションとして頑張らないといけないのは、まさに法律構成です。
自分が少し主張の仕方を間違えてしまっただけで、依頼人の権利が実現できなくなってしまう。ですから、有能な弁護士に依頼することが重要なのです。(p125)
ですから、憲法が、国会で定めることを要求している「立法」とは何なのかを考えなければなりません。立法とは「法律事項」を決定する権限のことを言います。「法律事項」とは、法律によって決めなければいけない事項のことを言います。
では、法律によって決めなくてはならない事項とは何でしょうか。いろいろ専門家の間で議論がありましたが、現在では、「国政の重要事項」については、法律によって決めなければならない、と考えるのが一般的です。法学部的な議論に慣れていない方からすると、単なる言葉遊びのような感じを受けるかもしれませんが、「国会は唯一の立法機関です」という条文よりは、「国政の重要事項については、国会が法律で定めなければなりません」という説明のほうが、より具体的にイメージしやすくなっているのは、お感じいただけるのではないかと思います。(p89)
通常は、憲法学者が警告すれば、国民も権力者に対して警戒の目を向けますから、権力者はそうそう悪いことはできません。しかし、国民が憲法学者の警告を無視するようになれば、権力者は憲法に縛られずに、やりたい放題をする日が来るでしょう。
それを防ぐためには、イザという時に警告を発している憲法学者の発言内容をきちんと検証できるだけの力を国民が持っていなければなりません。常日頃、国家の暴走を恐れる必要はありませんが、憲法学者が警告を発した時には、「まあ、大丈夫だろう」と安易に思わずに、「本当に大丈夫か?」と周囲に目を光らせてほしいと思います。これが、憲法を守らせるのは究極的には国民だということの意味の一つです。(p112)
先日、木村さんの講演を聴く機会がありました。お話がすごくおもしろかったので、木村さんの憲法学について理解を深めたくて同書を読んでみました。憲法で、社会問題を分析して、その答えに到達する過程が、わたしのような法律の素人にもよくわかりやすい話し言葉で書かれているところが特に同書のすばらしい点です。第四章の長年NHK「クローズアップ現代」のキャスターとして活躍された国谷裕子さんと木村さんとの,家族、基地建設問題、日本の学校教育、改憲議論などについての対談が圧巻です。
私にとってこの本を読んでいちばんよかったことは、辺野古新基地建設は、閣議決定と日米間の合意を根拠とするのみで、具体的な根拠法がないということ、そして、そのことはたぶん今後の日本社会で市民が暮らしていくうえで重要な論点を孕むmatterであるということを「木村定跡」をもとに理解できた点です。同書の構成は下記の通りです。
はじめに
第一章 日本国憲法と立憲主義
第二章 人権条項を活かす
第三章 「地方自治」は誰のものか
第四章 対談 「憲法を使いこなす」には
国谷裕子×木村草太
あとがき
【付録Ⅰ】日本国憲法(昭和二一年一一月三日公布、昭和二二年五月三日施行)
【付録Ⅱ】平成二十七年四月八日 参議院予算委員会会議録第一七号
(第十三部)(二一~二三ページ)
【付録Ⅲ】憲法について学ぶ文献リスト
皆さんに身につけてほしいのは、「政府のこの活動は何かおかしいのではないか」、「個人の権利が侵害されているのではないか」という勘を働かせる能力です。
そうした勘を身につけるには、自分らしく生きようとした時に感じる息苦しさに気づくことが重要です。日本人は我慢を美徳とするので、いやなことがあっても我慢し、仕方がないと考える傾向があるように思います。しかし、本当に我慢するべきことなのか、社会の側を変えるべきではないのか、と考えてみることは非常に大切です。
そうした疑問を持ちながら憲法の条文を読んでみると、「この条文は今の自分を応援してくれているのではないか」と感じる条文に出会えることがあります。あるいは、そうした疑問について学者や弁護士さんなどの専門家に相談すれば、よい解決策が見つかったりします。(p55~p56)
「法律構成」といわれる分野ですが、まったく同じ事件でも、法律の主張の仕方が変わるだけでまったく結論が変わるというのはよくあることなのですね。弁護士がプロフェッションとして頑張らないといけないのは、まさに法律構成です。
自分が少し主張の仕方を間違えてしまっただけで、依頼人の権利が実現できなくなってしまう。ですから、有能な弁護士に依頼することが重要なのです。(p125)
ですから、憲法が、国会で定めることを要求している「立法」とは何なのかを考えなければなりません。立法とは「法律事項」を決定する権限のことを言います。「法律事項」とは、法律によって決めなければいけない事項のことを言います。
では、法律によって決めなくてはならない事項とは何でしょうか。いろいろ専門家の間で議論がありましたが、現在では、「国政の重要事項」については、法律によって決めなければならない、と考えるのが一般的です。法学部的な議論に慣れていない方からすると、単なる言葉遊びのような感じを受けるかもしれませんが、「国会は唯一の立法機関です」という条文よりは、「国政の重要事項については、国会が法律で定めなければなりません」という説明のほうが、より具体的にイメージしやすくなっているのは、お感じいただけるのではないかと思います。(p89)
通常は、憲法学者が警告すれば、国民も権力者に対して警戒の目を向けますから、権力者はそうそう悪いことはできません。しかし、国民が憲法学者の警告を無視するようになれば、権力者は憲法に縛られずに、やりたい放題をする日が来るでしょう。
それを防ぐためには、イザという時に警告を発している憲法学者の発言内容をきちんと検証できるだけの力を国民が持っていなければなりません。常日頃、国家の暴走を恐れる必要はありませんが、憲法学者が警告を発した時には、「まあ、大丈夫だろう」と安易に思わずに、「本当に大丈夫か?」と周囲に目を光らせてほしいと思います。これが、憲法を守らせるのは究極的には国民だということの意味の一つです。(p112)

