20101016(土)

コナツ4


コナツ4

「金澤君?」

不意をつかれ、コンニャクをつまむつもりが薄い小口切りの葱を1枚だけ箸でつまみ、口に入れた。コナツだった。

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「偶然!」とにかく驚いた。舞台を見に行ったことは黙ってようと思った。

「来てくれたんだね。舞台から見えてたよ。」
見えてたんだ・・・

「いかったぁ、コナツ。スゴイ!スゴイんだな」

「ありがとう、ビックリしてさ、嬉しかったけどやりにくかったさぁ」

その居酒屋「いろり」はコナツの劇団の御用達で、今日も舞台の打ち上げが行われるようだった。入ってきた集団はコナツの劇団の人たちと、知り合いのファン達だった。

その後コナツはその仲間達と座敷で打ち上げをしだした。やはりみんな頑張った舞台らしく、やたらとテンションが高い。

背中でコナツの挨拶や劇団員の話を聞きながら、俺は一人、親しい仲間が別団体で呑んでいるという、なんとも心地悪い感じで呑んでいた。今呑んでいる3本目のビールを飲んだら、帰ろうと思った。

「ママ、お銚子2合二つね!」

そう注文してコナツが隣の席に座った。

「ありがとうね。来てくれて。はじめてかなぁ。バスケの仲間が来てくれたのは。」

「いい芝居だった。引き込まれた。」

安い日本酒のアルコール臭を鼻で感じながら、俺はコナツの注ぐおちょこを何度も一気呑みした。

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「コナツ、酔っぱらったから言っちゃうけど、お前は夢を叶えたんだな。」

「何言ってるの?この年までバカやってるだけだよ。好きなことやってるだけで、社会には何の貢献もしてないんだよ」




「いや、その辺のテレビで見るより、何倍もお前はすごかった。正直言ってね、俺はバイトや派遣をやりながら芝居を続けてるコナツが、不憫に感じてたんだ。でも違った。お前は俺なんかより、何倍もすごい」

すこし間があった。コナツはきっと、不憫という意味を考えてたんだと思う。変な言い方だったかな?コナツならきっとバリバリ仕事して、バリバリ稼ぐことができる女なのに、バイトや派遣という選択をわざわざ自分で選んで・・・という意味だったんだけど。

「ありがとう。私、金澤くんのこと尊敬してた。私と同じく高校からバスケはじめて、スタメンで活躍して、札幌地区で勝ち進んで。私なんて万年ベンチで、後輩に抜かれて・・・」

「そんな、昔のこと・・・だけど俺ってバスケ好きだったのかなぁ?って今日の芝居見てて思った。そして俺は今の仕事が好きなのかなって。いろんな好きなことや、好きな人なんかを、ただあきらめて、生きて来たのかなってさ。」

「私ね、正直バスケが好きじゃなかったかもしれない。仲間がいたから続けてたけど。」

コナツの言うことが、なんとなく分かった。コナツは普段女子バスケの輪の中心にいたけど、プレーでは別だったし。俺と同じく不器用で、楽しむというよりも、回りに迷惑かけないことで一生懸命だったんだ。それは俺も同じだったから、痛いほどわかった。

「でもね、我慢しながらも本当にしんどい練習だったしょ?だから、根性ついたよ。好きな演劇もさ、道具から営業からいろいろな仕事あるし、今の派遣の仕事もとりわけ好きな仕事でもないしね。根性って大事。バスケしてなかったら、きっと芝居もなげだしてたかも。」

俺はおちょこの底を見つめながら、うなずいて、しばらくバスケ時代のことをおもいだしていたんだ。辛かった練習を。

すると、突然コナツがこういった。

「金澤君、ぜったいに後悔しない生き方って知ってる?」

間髪入れずに、コナツは続けた。


「好きなことをね、自分の考えたやり方で、誰もやったコトのない自分のアイディアで、続けることだと思うんだよね。」

「そしてね、ハタから見て、それがバカげてるほどいいの」




俺はそのとき、胸いっぱいに空気をいれられたような、何かあれば破裂しそうな感覚をもった。もしそのときコナツがとんでもなく、不細工な変な顔をして見せなければ、コナツと比べてあまりにも小さな自分を認めて、いてもたってもいられない気持ちになっていたんだ。

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「な、なした?」俺は突然のことで正気に戻れた。

「家や稽古場で、こんな顔してるの。最低の顔を練習するとね、いい演技ができるって、信じてやってる」

俺はコナツと大笑いしたわけだけど、俺は本当はただ、ただ、打ちのめされていたんだよ・・・







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むし虫堂
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