2007年8月25日(土)
MADE IN トカチの庭

ここは元々畑です。この木も草も全部植栽したもの、あるいは完成後に発生したものです。
[この庭のつくり方]
1.周辺より高く土を盛ります。
2.アンジュレーションを付けて高低差により乾燥する部分と湿気る部分をつくります。
3.樹木を植栽します。樹種は想定する地域の在来種から選定します。
自然に見せるにはバランスが大切です。自然の森は参考になります。すべてが理にかなっています。あるべくしてそこにある。という感じです。
4.草本類を植栽します。ここの場合面積が広いので将来の理想とする形態の林地から表土を移植しました。かなりの労力を要します。
5.園路を造成します。ここではダストと砕石を使用しました。
6.屑石などを配置して完成です。
この小径を散策し、佇んで鳥の囀りに耳を傾けます。
至福の時間がゆっくりと流れます。
メンテナンスは非常に楽です。意図しない草(アザミや帰化植物など)が生えてきたら抜きます。それだけです。(予期せずきれいな花を咲かせてくれる野草の発生が毎年新たに見られるのも特徴です)
もう少ししたら不自然に樹木の枝が混んできたら枝抜きの剪定をしようと思います。





こんな庭のある住宅に住みたいと言わせたい。
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[この庭のつくり方]
1.周辺より高く土を盛ります。
2.アンジュレーションを付けて高低差により乾燥する部分と湿気る部分をつくります。
3.樹木を植栽します。樹種は想定する地域の在来種から選定します。
自然に見せるにはバランスが大切です。自然の森は参考になります。すべてが理にかなっています。あるべくしてそこにある。という感じです。
4.草本類を植栽します。ここの場合面積が広いので将来の理想とする形態の林地から表土を移植しました。かなりの労力を要します。
5.園路を造成します。ここではダストと砕石を使用しました。
6.屑石などを配置して完成です。

至福の時間がゆっくりと流れます。

もう少ししたら不自然に樹木の枝が混んできたら枝抜きの剪定をしようと思います。





こんな庭のある住宅に住みたいと言わせたい。
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2007年8月25日(土)
三日月のエントランステラス

通りに面したエントランス・ガーデン。
アプローチ脇のスペースの活用で、プライベートライフをオリジナリティー一杯に演出。
どうですか。夕涼みがてら庭で月見酒でも。
バンキライという不朽性枕木でブラインドウォールをテラスの曲線に添って配置。土の部分には山野草が植えられます。
全て隠してしまわないのが十勝スタイルでしょうか。
流れるような曲線で構成された景観。
いつでもそうですが、ひとつの線や点に意味を持たせるようにプランニングしています。

「こんな庭のある住宅に住みたい」と言わせたい。
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アプローチ脇のスペースの活用で、プライベートライフをオリジナリティー一杯に演出。


全て隠してしまわないのが十勝スタイルでしょうか。

いつでもそうですが、ひとつの線や点に意味を持たせるようにプランニングしています。

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2007年8月24日(金)
魅せるデザイン・スマイル流

どう使うか?は当たり前で、どう魅せるかがプランのKeyとなる庭もある。
素材を活かし、オリジナリティーにこだわったスマイル・ガーデン流のデザイン&ガーデン。
この作品に関しては、施主様の絶大なるご協力とご理解があって完成しました。感謝です。
道路からは枕木のブラインド越しに見え隠れするセミ・クローズドガーデン・テラス部分。実用の部分と魅せる空間とをナチュラルな自然石ボーダーでつなぐ。
ナチュラル感はディテールにまでこだわる。安らぐ緑がポイント。
道路に面した部分はシンプル・モダンのシャープさを活かしたネオ和風で独創的に。


「こんな庭のある住宅に住みたい」と言わせたい。
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素材を活かし、オリジナリティーにこだわったスマイル・ガーデン流のデザイン&ガーデン。
この作品に関しては、施主様の絶大なるご協力とご理解があって完成しました。感謝です。





「こんな庭のある住宅に住みたい」と言わせたい。
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2007年8月22日(水)
街路樹の話
剪定という名のもとにブッツりと切られ佇む街路樹などを見る機会も多いかと思います。
息も絶え絶え、なんとか生きている瀕死の状態の木やすでにその剪定が明らかな原因で枯れてしまった木も多い。
何よりもそれは切ない景色として目に焼き付いてしまう。
なぜ街路樹を植えるのか。
そんな疑問に行き当たってしまう。
その前に、なぜそのような状況になるのかを考える。
剪定は木が伸びすぎて通行の支障になったり、込みすぎて害虫や病気の発生の原因になったり、台風時期前に強風による影響を最小限に抑えたり、落葉による民地や通行の障害にならないようにという配慮だったり多岐にわたる。
本来最大の目的は、通りの美観形成のために下枝の高さを揃えたり形状を一律になるように整える事にあると思うのだが。
しかし、現状は近隣住民からの苦情対応、冬期間の造園作業員の雇用対策が主になっている。(十勝の場合に限定して)
もちろんそれは悪い事ではない。
しかし、実際に作業に入ると「葉っぱが落ちて掃除が大変だ。いらないから根元から切ってくれ」とお叱りを受ける事が多々ある。業者は当然伐採するわけにはいかないから小さく小さく枝を切り詰めてしまう。
そうして見るも無惨な街路樹が出来上がる。
その繰り返し。木は当然弱っていく。
樹木が何故枯れるかご存じだろうか。
これにも色々な要因があるが、剪定要因に絞って言えば、切り口からの腐朽菌の侵入による腐朽枯死と強剪定による光合成不足などの弊害だ。自然枯死はほとんど無い。すべては人為によるものと言ってもいい。
太い枝を幹際から落として何の手立てもしない。
明らかにバランスを欠いた強度な剪定により衰弱を余儀なくされる。
最近目にする機会の多い光景がある。
苦情など入る場所ではない。上に電線も走っていない。
だけどなぜか極端な剪定とはもはや呼べない枝切りが平然とその通り全部の木にたいして施された景色。
殺そうとしているとしか考えられない。
なぜなのか。
同じ造園業を糧とする者の仕業ではない事を祈らずにはいられない。
ビジョンが無いのだと思う。
計画する側の行政も、それを植える業者も、管理する業者も。
この通りは10年後には、20年後にはこうなる。こうしたいから
この樹種をこの間隔で植えるというビジョンが。
そのビジョンがあって初めて近隣住民にも協力を願える。業者もそれに沿って管理をしていくというビジョンが。
道路の両サイドで違う樹種の街路樹が植えられる。
明らかに不自然に通りの途中から樹種が変わる。
本来のその樹種の樹形ではない形で維持しなければそこに収まらずに、放置したら交通に障害を来して抜かれてしまう。
植えて数年後にはほとんどの木が枯れたままになっている。
すべてにその場限りの、誰も責任を負わない体制のツケが樹木に回ってきている。
そうして誰も街路樹に興味を持たなくなり、邪魔者でしか無くなる。
もう一度、街路樹は何故植えるのか。なぜ必要なのかを考えてほしい。
植わさっていればそれでいいのではない。
そこには意味があり、ストーリーがあって、住民はみんなそれを知っていて愛している。
全国にはそんな街路樹が至る所にあるのです。
十勝は街路樹の整備率は全道でも高い方なんです。
だけど当然それだけではだめだと思います。
その「質」も高くなくては意味がない。
もう一度。通りを眺めて欲しい。
街路樹達の悲鳴が聞こえてきませんか?

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息も絶え絶え、なんとか生きている瀕死の状態の木やすでにその剪定が明らかな原因で枯れてしまった木も多い。
何よりもそれは切ない景色として目に焼き付いてしまう。
なぜ街路樹を植えるのか。
そんな疑問に行き当たってしまう。
その前に、なぜそのような状況になるのかを考える。
剪定は木が伸びすぎて通行の支障になったり、込みすぎて害虫や病気の発生の原因になったり、台風時期前に強風による影響を最小限に抑えたり、落葉による民地や通行の障害にならないようにという配慮だったり多岐にわたる。
本来最大の目的は、通りの美観形成のために下枝の高さを揃えたり形状を一律になるように整える事にあると思うのだが。
しかし、現状は近隣住民からの苦情対応、冬期間の造園作業員の雇用対策が主になっている。(十勝の場合に限定して)
もちろんそれは悪い事ではない。
しかし、実際に作業に入ると「葉っぱが落ちて掃除が大変だ。いらないから根元から切ってくれ」とお叱りを受ける事が多々ある。業者は当然伐採するわけにはいかないから小さく小さく枝を切り詰めてしまう。
そうして見るも無惨な街路樹が出来上がる。
その繰り返し。木は当然弱っていく。
樹木が何故枯れるかご存じだろうか。
これにも色々な要因があるが、剪定要因に絞って言えば、切り口からの腐朽菌の侵入による腐朽枯死と強剪定による光合成不足などの弊害だ。自然枯死はほとんど無い。すべては人為によるものと言ってもいい。
太い枝を幹際から落として何の手立てもしない。
明らかにバランスを欠いた強度な剪定により衰弱を余儀なくされる。
最近目にする機会の多い光景がある。
苦情など入る場所ではない。上に電線も走っていない。
だけどなぜか極端な剪定とはもはや呼べない枝切りが平然とその通り全部の木にたいして施された景色。
殺そうとしているとしか考えられない。
なぜなのか。
同じ造園業を糧とする者の仕業ではない事を祈らずにはいられない。
ビジョンが無いのだと思う。
計画する側の行政も、それを植える業者も、管理する業者も。
この通りは10年後には、20年後にはこうなる。こうしたいから
この樹種をこの間隔で植えるというビジョンが。
そのビジョンがあって初めて近隣住民にも協力を願える。業者もそれに沿って管理をしていくというビジョンが。
道路の両サイドで違う樹種の街路樹が植えられる。
明らかに不自然に通りの途中から樹種が変わる。
本来のその樹種の樹形ではない形で維持しなければそこに収まらずに、放置したら交通に障害を来して抜かれてしまう。
植えて数年後にはほとんどの木が枯れたままになっている。
すべてにその場限りの、誰も責任を負わない体制のツケが樹木に回ってきている。
そうして誰も街路樹に興味を持たなくなり、邪魔者でしか無くなる。
もう一度、街路樹は何故植えるのか。なぜ必要なのかを考えてほしい。
植わさっていればそれでいいのではない。
そこには意味があり、ストーリーがあって、住民はみんなそれを知っていて愛している。
全国にはそんな街路樹が至る所にあるのです。
十勝は街路樹の整備率は全道でも高い方なんです。
だけど当然それだけではだめだと思います。
その「質」も高くなくては意味がない。
もう一度。通りを眺めて欲しい。
街路樹達の悲鳴が聞こえてきませんか?

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2007年8月17日(金)
庭依存度120%家族の庭づくり
| “ | 今後も手がかかるという時代に逆行した庭づくりか。 好きだからこその自分だけのガーデニングライフ。 芝を刈り、野菜を作り、子供と戯れる庭依存度120%! |

枕木、ポストに木製電柱。枕木の半分は自己所有でした。
植栽はアカエゾマツにクロビイタヤカエデ。



奥にはテントサイトにもなる高台もあります。そこにはオリジナルの枕木のアーチをくぐっていきます。見渡す限り畑のロケーションはGOOD!!

ちいさくてもたくさんの命を育んでいます。
お子さん達もえる物が多いはずです。

