2021212(金)

十勝ヒュッテの積雪と除雪


十勝ヒュッテの積雪と除雪

十勝ヒュッテの積雪と除雪 2/7/2021

 十勝地方は1/31-2/1の爆弾低気圧で結構な雪が降ったらしい。気象情報では帯広は50センチを超えたとのことで コニファーのオーナーさんに電話したら旭山でも同じぐらいとのこと。前の週のヒュッテの状況からして その程度ならば大丈夫と思ったが さらに降ると屋根が心配なので2/6-8に除雪に行った。

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 1週間後なのでデッキと屋根の積雪は30センチ位まで詰まっていた。デッキは踏み跡がつけばそれでいいが 屋根は登って落とす必要がある。脱着ハシゴを雪から掘り出して固定具にかけた。一人作業なので万が一にも事故は起こせない。しかし屋根の傾斜が緩いので作業は意外に簡単だった。ただ スコップを下から入れると屋根材(シングル)がめくれ上がることがあり 要注意だ。
 物置の屋根は屋根に登らずともハシゴとスコップで落とせた。

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 今回の除雪は休みながらだったが 屋根でほぼ半日 駐車場で半日だった。若者ならその半分か。大した作業量ではない。何れにしても十勝の雪は少なくて軽いので助かっている。



2021210(水)

豊頃のジュエリーアイス探訪 寒いのなんのって


豊頃のジュエリーアイス探訪 寒いのなんのって

ジュエリーアイス探訪 寒いのなんのって 2/8/2021

 懸案だった豊頃町大津海岸のジュエリーアイスを探訪した。印象は? 寒いのなんのって マイナス20℃越えだ!
 よく写真で見るのは明け方のジュエリーアイスなので 朝がシャッターチャンスと思い 日の出(6時33分)直前の到着を目指して4時45分に十勝ヒュッテを出た。気温マイナス18℃。御影に下って帯広に向かうと気温はマイナス20℃。幕別を過ぎるころにはマイナス22℃。車のヒーターを一杯にしても暖かくない! <ちなみに車のラジエターは1/3を段ボールで覆い冷えすぎ対策はしていたが>。きれいな三日月が見えたので天気は良いようだ。豊頃の街から大津に直行する道道(320/911)を選択したが除雪もされ問題なかった。
 大津はもちろん初めてだったが日の出直後に到着。海岸はこっちだろうと右折して駐車したら ブル除雪中の人に「そこじゃない!」と怒られ 慌てて駐車場を探す。通りから北側のブロックにあった駐車場に行って驚いた。多分50台ぐらいはいたと思う。みんなぞろぞろと通りを横切り 海岸方向に移動している。車の台数からして百人位はいることになる。月曜の早朝なのにこんなに見物人がいるのかと驚いてしまった。
 私も車を降りて 後ろ足の不自由な老犬を連れて雪原の踏み跡を海岸に向うが とにかく寒いので生きた心地がしない。海岸に多数の人がいるのがシルエットでわかる。いやいやこれほどの人気とは。

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 海岸に到着すると石ころのようなものが渚に落ちているのが見える。そうかこれがジュエリーアイスかと思い サッサと写真をとる。手がかじかんでいるので見込み撮影だが仕方がない。氷は予想に反して透明感はなく むしろこぶしよりも大きめの石が渚に転がっているという印象だ(もちろん探せば透明なのもあるのだろうが)。

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 あまりにも寒いので渚には3分もいないで早々に帰り始める。老犬は後ろ足が動かないのでイザリ状態。励ましながらリードを引いたが 焦った。戻る途中の右側に真新しいビジターセンター(閉館だがトイレは使用可)があり その横で犬の記念写真を撮るとヒゲが凍っていた。犬もこの寒さは初めてで驚いたようだ。最後に海岸の堤防の上を行き来する見物人のシルエットを撮影して ホウホウの体で退散した。結局 行動時間は駐車してからおよそ30分だったと思う。

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 帰りは橋を渡って浦幌方面(国道336)の国道38から戻ることにした。途中でもう一度橋を渡るが 遠望する十勝川は氷結していてどこまでが川なのか判別できない。この氷が海に流れ出てジュエリーアイスになるわけだ。その意味ではジュエリーアイスはベビー流氷と言えるかも(オホーツクの流氷はアムール川からの氷が海流と北風で流れてくるらしい)。
 やっと帯広に着き すぐに光南温泉に立ち寄り 朝食セット(バイキング朝食と温泉で1,050円)でまったりと休憩した。その後 国道38で戻って来た。トリップメータを確認すると十勝清水=大津海岸の往復で約180キロ。ルートはスムーズだが 距離には驚いた。

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補足:T氏のジュエリーアイス
 ブログを見てくれたTさんが 実際はもっとすごいということで過去の写真を送ってくれた。確かにすごい。場所と時期に依存するのかな。今度は昼間に行ってビジターセンターものぞいてみたいと思う。



202129(火)

日高山脈の命名は いつ? 誰が? なぜ?


日高山脈の命名は いつ? 誰が? なぜ?

日高山脈の命名の経緯は? 2/9/2021

 2月3日のブログ「日高山脈の展望」で“(十勝側から見て)こんなに立派な山容の名称がなぜ「日高山脈」だったのか。「十勝山脈」ではダメだったのか。命名の経緯は知りたいものだ”と書いた。
 ブログをいつも見てくれているS先輩から“(明治中期に)北海道庁の技師 神保小虎(後に東大教授)が 地学雑誌第1巻第1号に「日高山脈」と題して紹介したのが記録に残る最初のようだ”とのご意見を頂いた。
 早速 地質の専門家の谷内 元 氏に文献の調査を依頼したところ すぐに調べてくれたうえに以下の所見を頂いた(一部補足)。
 地質関係で「日高山脈の名前が初めて出たのは、地学雑誌第1巻第1号だが、その際はあくまでも「仮称」なので、正式に名付けられたのは、(1889年 明治22年)の地学雑誌第1巻第2号の「神保小虎, 北海道地質略説」とするべき。以下は私見も含むが、神保が十勝山脈ではなく、なぜ日高山脈と名付けたかだが。
(1) 十勝の名は大雪山系の十勝岳として先に使われていた(Lyman の地質図)。なお十勝岳は、十勝地方→十勝地方を流れる川(十勝川)→十勝川の源流の山(十勝岳)の命名順序のはず(石狩川など、大河と大きな山の命名関係はこの例に倣っている)。
(2) 命名者が地質学者のため、山脈の地質学的特徴変成岩が”日高側”でよく露出していたのに対して、”十勝側”では深成岩が多かったこと(例えば、花崗岩。十勝地方の御影はこの花崗岩が産出することから名付けられている)を重視した。
(3) 山脈南端の襟裳岬が日高の国だった。
と考える。ということでこの谷内説には明確な証拠と説得力があり 正しいと思う。

補足: 今回 明治期も含めた地質図を何種か見ることになり 色々気づくこともあった。十勝ヒュッテは十勝清水町旭山にあるが この付近は花崗岩質で 進行中の井戸掘りでも風化した花崗岩が良く見られる。やや下ると御影の町になるが 地名は御影石の産出に由来するらしい。
 過日 近所の「遊び小屋コニファー」でコーヒーを頂いたらおいしくてびっくりした。どんなコーヒー豆ですか?と聞いたら 普通のコーヒー豆だが水が良いためだろう この辺では麦飯石(花崗岩の一種)が出るらしいし とのこと。地質図によると北海道では花崗岩質の場所は決して多くはなく(写真地質図のピンク色) 日高山脈ではこの一帯と札内川流域のみで 何れも良い水が出る場所なのだろう。



202123(水)

日高山脈の展望 道道62号から


日高山脈の展望 道道62号から

カムエク遠望 3/2020

 勤務先が釧路の友人 Tさんが 日高山脈の素晴らしい写真を送ってくれた。昨年の3月に道道62号のどこかで撮影したとのこと。地図で見ると帯広空港から豊頃町へ向かう途中の丘陵地から日高山脈を西に望んで撮影したと思われる。
 カムイ エクウチカウシ(カムエク 1979m)直下のカール(氷河谷)が良く見えている。手前は岩内・勝幌に続く尾根のようだ。私も撮影に行ってみたい。十勝は晴れの日が多いので楽しみだ。
 こんな立派な山容を見ると常々思うのが この山脈の名称だ。日高(西)側では連続した稜線が見える所はなかなかないが 十勝 (東) 側では北から南に伸びる全容が見える場所はたくさんある。しかしなぜか名称は「日高山脈」だ。「十勝山脈」ではダメだったのだろうか。日高・十勝の論争になっても困るが 命名の経緯は知りたいものだ。



2021130(土)

帯広のビート資料館 おススメします


帯広のビート資料館 おススメします

帯広のビート資料館 見学をお勧めします 1/24/2021

 帯広を訪問すると満寿屋の麦音に行かれる方は多いが その隣にあるビート資料館にはあまり立ち寄らないようだ。しかし 十勝地区でピカイチの産業系の博物館・資料館と思う。
 私が見学したのは7月だった(写真は1月)。この資料館は日本甜菜製糖㈱が70周年で作ったもので 趣のある洋館の庭には昔の工場で使っていた蒸気機関と行幸記念碑(天皇のご訪問を示す)がある。
 建物に入ると館長さんが出てきて二階の展示品を丁寧に説明して頂いた。ビート栽培は輪作の一つであること 道内に複数の製糖工場があること 製糖プロセスについて 砂糖の種類は純化の度合いによること 日本の砂糖の品質は優れていること "砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律"で毎年価格調整されていることなど 身近だが知らないことの多い砂糖について開眼できた。ご案内頂いた館長さんはおそらく同社の研究畑の方と拝察した。博識で どのような質問でも丁寧にご説明頂いた。ここのおススメ度は個人的には麦音よりも上と思う。

追伸:しばらく十勝に行っていないのでネタ切れです。大雪が降ったそうで 近々行かないといけないとは思っています。



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Elmtree
 もともとアウトドア大好き人間ですが 時間の制約から残念な思いをしてきました。2019年春に友人の協力を得て 十勝清水にMountain Cabinを自作するプロジェクトを始めました。若者を巻き込んで いつでもバトンタッチできる体制を心がけています。また近くの「遊び小屋コニファー」は アウトドアの大先輩としてリスペクトしています。なお 街・探検・文化については別ブログにしました。Elmtree2をご覧ください。

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